ハッピーバースデー、おめでとう
「ハッピバースデートゥーユー。ハッピバースデー、トゥー、ユー…」
僕は歌いながら土を盛る。何度も何度も、手で押し固める。
アイスの棒を一本、突き刺した。
出来あがったそれを、じっくり観賞する。それからニチャリと笑う。
「ハッピバースデー、ディア……」
歌を止める。
一瞬だけ、考える。
名前。
名前は、何だったっけ。
…うん。まぁ、いいや。
僕はもう一度笑い、名前の部分を端折って最後のフレーズを歌う。
「ハッピバースデートゥーユー。……お誕生日、おめでとう」
手の砂を払い、立ちあがった。
踵を返す。
公園を出て、少し走った。
坂の途中で、叔父さんらしき背中に会う。会社帰りのようで、黒い通勤用鞄を片手に提げていた。
僕は一気にスタートを切って、叔父さんの方に走り出す。
笑顔を、咲かせながら。
「叔父さんっ」
坂の下から声をかけると、その人はこちらを振り返り、柔らかく目を細めた。
「ゆずる」
両腕を軽く広げ立ち止まってくれたので、あぁ、あの腕の中に飛び込んでいいんだなと僕は安心した。
速度を落とさず突進すると、叔父さんはそのまま迎え入れてくれて、「どうした土だらけじゃないか」と僕を茶化しながら、はにかみ笑いしてくれた。
それから、手を繋いで、並んで帰る。
きっと手の砂がざらざらして気持ち悪いだろうなぁと考えていると、叔父さんは繋いだ手を上下へ揺らし、僕を連れて歩いた。
坂の天辺に懸かる夕日は、まるで燃えているように真っ赤。
白いはずの雲はオレンジやらピンクやらに染まり、折り重なったそれらが空の火事のように見えた。
それが叔父さんにも伝わったのか、もしくは、叔父さんも同じことを考えていたのか、
「金魚を埋めてやったの?」
そんな優しい声が降ってきて、僕は上を向く。
夏に買った、1匹の金魚。
命に値段なんてないというけれど、そいつはホームセンターで、10円で売られていた。
今日の朝、目が覚めたら、死んでいた。
眼に白い膜が張り、腹を天に向けて、プカリと水面に脱力し、ただ浮かんでいた。
とてもとても綺麗な死に方だった。
「あのね、お誕生日おめでとうって、お祝いしてあげたんだよ」
僕はニコニコ笑いながら言った。
叔父さんは「そうか」と言って、にこやかに笑いながら、僕の頭をいい子いい子して撫でてくれた。
それから、「優しいね」と言って、また手を握ってくれた。
もうすぐ、おとうさんとおかあさんの、2歳の誕生日がくる。
そうしたら、僕は2人を祝うんだ。
「お誕生日おめでとう。僕は、いつ生まれることができるのかな?」って。
僕は歌を歌う。パッピーバースデーと歌う。
死ぬことは生まれることだよ。
生まれていって、おめでとう。