前編 牢の中の伯爵令息
ミケーレは、これまでずっと恋焦がれていた相手と結ばれた。
モンティ侯爵家の令嬢スフォルトゥーナとだ。
少し特殊な状況で結ばれたが、ミケーレは幸せだった。幸せなまま眠りに就き、翌朝目覚めたミケーレの隣には、スフォルトゥーナの屍があった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
昨夜の夜会が開催されていた館から衛兵詰所の牢へ連行されたミケーレのもとへ最初に訪れたのは、同い年の婚約者テレーザだった。
スフォルトゥーナはミケーレの婚約者ではない。
彼女はミケーレよりもみっつ年上で、この王国の貴族子女が通う三年生の学園へ一緒に通ったことはなかったが、幼いころから派閥の集まりでよく会っていた。モンティ侯爵家はミケーレの家マーリ伯爵家の寄り親貴族だったのだ。スフォルトゥーナが病弱を理由に婚約を解消されてからは、夜会やお茶会で彼女をエスコートするのはミケーレの役目となっていた。
鉄格子越しに、テレーザが書類を突き出してくる。
「婚約を解消してください」
「いきなり、なにを!」
見張りの衛兵はちらりとミケーレ達を見た後で瞼を閉じ、そ知らぬ振りで聞き耳を立てている。
「いきなりではありません。ずっと前からお願いしていました。いくら我がフォンターナ子爵家が貴方の家より格下でも、夜会やお茶会に婚約者の私以外の女性と出席し続けるような方との縁談を拒む権利はあるはずです」
「スフォルトゥーナ様は我がマーリ伯爵家の寄り親であるモンティ侯爵家のご令嬢なんだ。婚約を解消されて落ち込んでいる彼女を寄子貴族家の僕がお慰めするのは当然だろう?」
「違法薬物の媚薬を飲ませて、無理矢理関係を持つのは慰めるとは言いません」
ミケーレは違法薬物所持の疑いと、その媚薬を侯爵令嬢に飲ませて無理矢理行為に及んだ疑いで投獄されているのだ。
侯爵令嬢が亡くなったのは、媚薬の量が多過ぎたかららしい。
この王国は違法薬物を厳しく取り締まっている。貴族令息のミケーレが鉄格子の嵌められた凶悪犯用の牢に入れられているのは、所持していただけでなく密輸入もしているのではないかと怪しまれているからだった。
「僕が飲ませたんじゃない! 悪いだれかに飲まされてスフォルトゥーナ様が苦しんでいたから、僕が力をお貸ししたんだ」
「その悪いだれかというのはだれですか?」
「そこまではわからない。わかっていたら、昨夜のうちに僕が捕まえていた! しかし……取り調べのときの衛兵にも話したが、スフォルトゥーナ様が媚薬を飲まされた、僕に相手をされることを望んでいると言って呼びに来たのはトルッファトーレ男爵令息だ。彼の証言さえ取れれば、僕は解放されるはずだ」
テレーザは嘲笑を浮かべた。
「トルッファトーレ男爵令息は、そんな事実はないと証言するでしょうね」
「そんなはずはない!」
テレーザは俯いて、長い溜息を漏らした。
やがて顔を上げた彼女に哀れみの表情で見つめられて、ミケーレは興奮が冷めていくのを感じた。
どんな理由があろうとも、ミケーレが婚約者の彼女以外の女性と一夜を過ごしたのは事実だ。婚約解消を言い出されても仕方がない。そもそも婚約解消を言い出されるより前に、今回のことを謝罪するべきだった。
「……そんなはずがあるのです。だってトルッファトーレ男爵令息は、スフォルトゥーナ様の恋人なのですから」
「なにを言っているんだ。彼には妻子がいる」
「だから、スフォルトゥーナ様は婚約を解消されたのです。こちらをご覧ください」
ミケーレはテレーザが差し出していた書類の束を受け取った。
一番上の一枚は婚約解消の書類である。
けれど二枚目以降は調査書だった。




