scene2:氷層クラッケン初対面
倉庫の扉が軋みを上げて開く。
外の白とは違う、青みを帯びた薄闇が広がっていた。
乾いた冷気が満ちている。粉の匂いも、甘さも、ほとんど感じない。
天井から、太い縄で吊るされたものがあった。
円盤。
いや――円盤と呼ぶには、あまりに無骨だ。
直径は大人の胸ほど。
厚さは五センチはあろうか。
表面は透明な氷膜で覆われ、鈍く光を反射している。
内部は圧縮され、層が幾重にも詰まっているのが透けて見えた。
「氷層クラッケンです」
代官が告げる。
名に海獣の響きを持ちながら、実体はただの菓子。
だが王都のそれとは、あまりに違う。
「水分は、ほぼありません。長期保存用です」
近くにいた職人が、木槌を持ち上げる。
そして、軽く叩いた。
――キン。
倉庫の奥で、澄んだ金属音が跳ねる。
甘さとは無縁の音。
菓子の立てる音とは思えない、硬質な響き。
レティシアは思わず目を細めた。
耳に残る余韻を追う。
「……音がある」
小さな呟き。
その声には、王都での断罪以来、初めての明るさが混じっていた。
嬉しそうですらある。
吊るされた円盤に近づく。
手袋越しに触れる。
冷たい。
氷膜は滑らかだが、その下に潜む密度が、指先に伝わる。
押しても、びくともしない。
包み込まない。
応えない。
ただ、そこにある。
レティシアはそっと、指の関節で叩いてみる。
――キン。
やはり同じ音が返る。
曖昧さのない、明確な返答。
彼女の唇が、わずかにほころぶ。
王都では鳴らなかった音。
噛んだ瞬間に示されるはずだった意思。
それが、ここにはある。
少なくとも、そう思えた。
代官はその表情を見逃さなかった。
「お気に召しましたか」
問いかけは、試すようでもある。
レティシアは氷層クラッケンを見上げたまま答える。
「ええ。とても」
その目は、まだ信じている。
硬さは誠実であり、
音は真実を告げるものだと。
倉庫の奥で、氷の粒がぱきりと割れる。
その乾いた響きは、どこか警告のようにも聞こえた。




