第二章 ― 辺境硬焼き文化圏 ― scene1:到着 ― 空気の違い
馬車の扉が開いた瞬間、空気が変わった。
否――空気という言葉では足りない。
それは刃だった。
レティシアが一歩、雪を踏む。
吸い込んだ息が、胸の奥を細く切る。
湿り気がない。重さもない。ただ冷たく、乾いている。
白い吐息が、すぐに風に削られて消えた。
王都シュクレアの午後は、常に何かを包み込んでいた。
甘味も、言葉も、異議さえも。
だがここ――北方グラシエールの空気は違う。
包まない。
削る。
露わにする。
視界いっぱいに広がる雪原は、痛いほどに白い。
凍てついた森の輪郭は、線画のように鋭い。
美しい。
だが、優しくはない。
ドレスの裾が風にあおられ、冷気が容赦なく布の隙間から忍び込む。
そのとき、重い外套をまとった男が歩み寄ってきた。
辺境伯――あるいは、この地を実質的に治める代官。
日焼けではなく、寒風に晒された肌。
指先は節くれ立ち、軍人のような立ち姿。
「ようこそ、グラシエールへ」
声音は低く、平坦だ。
歓迎の華やぎはない。
だが無礼でもない。
彼は一度、レティシアの装いを見下ろし、わずかに口角を上げた。
「王都のお嬢様に、この硬さはきついでしょう」
軽い皮肉。
硬さ――空気か、地面か、それともこの土地の菓子文化か。
どれにも取れる言い回し。
随行の者がわずかに身構える。
レティシアは、手袋越しに指を握り、空気の感触を確かめる。
確かに厳しい。
確かに刺す。
だが。
「硬さは、嫌いではありません」
静かな返答。
挑発ではない。
強がりでもない。
ただ事実のように告げる。
代官は一瞬だけ目を細めた。
値踏みする視線。
「そうですか」
短い相槌。
「ではまず、我らの“音”をお聞きいただきましょう」
風が吹く。
乾いた雪が舞い上がり、頬を叩く。
レティシアはまっすぐ前を見る。
王都で失ったものを、取り戻すつもりで。
まだ彼女は、自信を失っていない。
硬さは強さ。
音は意思。
そう信じたまま、彼女は白銀の地を踏みしめた。




