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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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scene5:判定 ― 形式と変化

沈黙は、やがて制度の声に変わる。


院長はゆっくりと立ち上がった。


その所作は重く、だが揺らがない。


「本日の試作は、技術的にも美的にも、極めて優れている」


ざわめきは起こらない。

誰もが、それを否定できないからだ。


「しかし」


その一言で、空気が再び張り詰める。


「過去の発言と行為に対する処分は、公式記録として残る」


形式上。


断罪は撤回されない。


理由は明白だった。


王立菓子学院は、王国の象徴である。

基準は揺らがないという前提の上に、権威は成立している。


もしここで全面撤回すれば。


「学院は誤っていた」と宣言するに等しい。


それは制度の自己否定。


院長は続ける。


「基準は、その時代における最適解であった」


過去を守る言葉。


「あなたの思想は、その外側から提起された」


レティシアは静かに聞いている。


「よって、処分は維持する」


それは冷たい宣告のようでいて、どこか力を欠いていた。


かつての断罪とは違う。


断ち切る言葉ではない。


線を引く言葉。


形式を守るための言葉。


講堂は静まり返る。


勝利でも、敗北でもない。


宙吊りの結論。


だが。


院長は視線を横へ流す。


アルバート。


リリアナ。


カミーユ。


そして後列の研究官たち。


言葉には出さない。


だが視線が交わる。


内部で何かが動く。


その場での撤回はない。


だが審査記録は残る。


試作品は保管される。


議事録には、こう記されるだろう。


「層構造による両立可能性を示唆」


示唆。


肯定ではない。


だが否定でもない。


会は閉じられる。


木槌の音が鳴る。


乾いた、王都の音。


レティシアは一礼する。


悔しさはない。


怒りもない。


形式は変わらなかった。


だが思想は侵入した。


制度は一日では変わらない。


だが、基準は記録から更新される。


講堂を出る研究官たちの間で、既に議論が始まっている。


「二層焼成の再現性は?」


「水分活性の数値を取るべきだ」


「標準化は可能か?」


公式には敗北。


だが。


内部で、決議が進み始めていた。


それは拍手よりも強い。


静かな、不可逆の変化だった。

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