scene2:提出作品 ― 音の奥行き
大講堂は、異様なほど静まり返っていた。
天井は高く、窓は細く、光は直線的に落ちる。
湿りを許さない王都の建築。
理論と審査のための空間。
中央の長卓に、白い皿が置かれる。
名称は告げられない。
余計な説明もない。
ただ、菓子が一枚。
上品な焼色。
黄金とも琥珀ともつかぬ、均一で静かな色調。
極薄ではない。だが厚みは計算されている。
曲線はわずかに反り、光を受ける角度まで整えられている。
表面は緻密。
泡の跡は見えない。
粗さもない。
焼きの揺らぎは、意図的に抑え込まれている。
それは、王都の美学を理解している者の形だった。
「……」
院長が視線で促す。
アルバートが手に取る。
指先で軽く重みを測る。
次の瞬間。
割る。
――パキン。
高く、澄んだ音。
乾いた破断音が、天井へまっすぐ伸びる。
余韻は短く、濁りがない。
王都が長年追い求めてきた理想の音。
一瞬、場の空気が緩む。
「完璧だ」
誰かが小さく呟く。
だが。
次の瞬間。
視線が断面へ集まる。
外層は明確に乾燥している。
薄く、緻密に脱水され、光を反射するほど整っている。
だが――
内側。
中心部に、わずかな色の差。
ほんの僅かに、柔らかさを示す層。
完全な乾燥ではない。
指で触れれば、わずかに沈むであろう保水。
「……」
誰かが息を呑む。
完璧な音を鳴らしながら。
内部に湿りを抱えている。
矛盾。
いや、共存。
アルバートは断面を見つめたまま、しばらく動かない。
リリアナは眉をわずかに上げる。
カミーユは喉を鳴らす。
音は王都の基準を満たしている。
だが内部は、王都が排除してきた要素を含んでいる。
それは妥協ではない。
設計だ。
レティシアは一歩も動かない。
弁明もしない。
説明も加えない。
ただ、結果を置く。
音は、嘘をついていない。
断面も、嘘をついていない。
問題は――
王都が、その両方を同時に受け入れられるかどうか。
講堂の空気が、わずかに揺れた。
それは湿度ではない。
思想の揺らぎだった。




