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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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scene2:思想の表明

「それが良いのだ」


 王太子アルバートは、先ほどと変わらぬ調子でそう言った。

 柔らかく、誰かを諭すでもなく、ただ結論を示す声。


 その一言で、庭園の空気は元の形に戻る――はずだった。


 レティシアは、わずかに首を傾げた。


 仕草は小さい。

 だがそれは、この国においては十分すぎる動きだった。


「良い、とは?」


 問いは穏やかで、刃を含まない。

 それゆえに、ざわめきが起こる。


 問い直すという行為そのものが、この場では異質だった。


 アルバートは一瞬だけ言葉を探す。


「皆が好む。包み込まれる。争いを生まない味だ」


 貴族たちが小さく頷く。


 レティシアは、手元のクッキーを見下ろしたまま言う。


「確かに、柔らかい。抵抗はありません」


 肯定。


 しかしそれは前置きにすぎない。


「ですが」


 その二文字が、庭園の湿度を一段上げる。


「音が鳴りません」


 誰かが息を呑む。


「構造が曖昧です。外層と内層の境界が判然としない」


 院長グレゴワールの指が、微かに動く。


「輪郭がない。崩れが管理されていない」


 言葉は感情を帯びない。

 分析の羅列。


 まるで論文の批評。


 しかしそれは、王国標準への解剖に他ならない。


 リリアナが戸惑ったように視線を泳がせる。


「で、でも……優しいです」


「優しさは否定しておりませんわ」


 レティシアは静かに返す。


「ただ、曖昧です」


 その瞬間、王子の笑みがほんのわずかに薄れた。


「曖昧であって何が悪い」


 声はまだ穏やかだ。

 だが温度が一度下がる。


 レティシアは顔を上げる。


 まっすぐに、アルバートを見る。


 敵意はない。

 ただ、確信がある。


「クッキーとは」


 一拍。


「噛んだ瞬間に、意思を示すべきです」


 完全な沈黙。


 風が止まる。


 白布が動かない。


 意思。


 その言葉は重い。


 意思とは選択。

 選択とは輪郭。

 輪郭とは対立を生む。


 院長の顔が、ゆっくりと曇る。


 理論の否定ではない。

 理念への異議だと理解したからだ。


 リリアナは不安げにレティシアを見る。


「……敵を作ってしまいます」


 小さな声。


 レティシアはわずかに微笑む。


「作るか否かは、食べる側の問題です」


 王子の視線が固まる。


 彼は知っている。


 この言葉が意味するものを。


 包み込む標準に対し、

 噛み返す意思を求める宣言。


 柔らかな王国の午後に、

 初めて、目に見えないひびが入った。

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