scene3:試食(若い個体)
職人は、日付の新しい包みを静かに開いた。
「これは昨日のものです」
まだ若い。
そう言われた気がした。
レティシアは小さく割られた一片を受け取る。
断面は明るい。
水分がまだ内側に潜んでいる色。
鼻を近づける。
香りは強い。
だが、まとまっていない。
砂糖の甘さが前に出る。
乾果の酸味が別の方向を向いている。
油脂の温い匂いが、その上に浮かぶ。
それぞれが主張している。
まだ、距離がある。
彼女は口に入れる。
歯が沈む。
思ったよりも柔らかい。
だが内部にはわずかな抵抗がある。
甘さが最初に立ち上がる。
直線的だ。
次に油脂の厚みが広がる。
舌の上で重なり、押してくる。
その後から乾果の酸味が追いかける。
順番に来る。
重なりきらない。
悪くない。
素材は良い。
焼きも丁寧だ。
だが――荒い。
音に例えるなら、和音になる前の単音。
それぞれが鳴っているが、まだ溶けていない。
レティシアは飲み込む。
余韻は短い。
甘さが少しだけ舌に残る。
彼女は無意識に頷いた。
「完成しています」
そう言いかけて、止まる。
完成、という言葉が喉に引っかかった。
確かに商品としては十分だ。
技術も水準を超えている。
だが先ほど嗅いだ、あの深い香りとは違う。
若い。
力がある。
だが整っていない。
焼きは終わっている。
それでも、何かがまだ動いている気配。
職人は何も言わない。
ただ静かに次の包みへ手を伸ばす。
レティシアは掌に残る油の感触を見つめる。
悪くない。
だが荒い。
もしここで売られるのなら、それも一つの完成だろう。
だが、この土地では違う。
ここでは、この状態を“途中”と呼ぶ。
火を止めただけでは、終わらない。
彼女の中の「完成」という線が、わずかに揺らいだ。




