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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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23/52

scene4:文化説明

 レティシアが沈黙したままビスコッティを見つめていると、職人は静かにカップを置いた。


「保存性は確保しています」


 淡々とした口調。


「二度焼くのは、そのためです。湿りに耐え、船旅にも持たせられる」


 港町らしい発想。


 交易の街にとって、保存は前提条件なのだろう。


「ですが」


 職人は続ける。


「最終完成は、飲み物との協調にあります」


 協調。


 その言葉が、やわらかくも重く落ちる。


「家庭ごとに浸し方が違います。長く浸す家もあれば、表面だけ湿らせる家もある。紅茶だけではありません。葡萄酒に合わせる者もいる」


 棚の奥には、さまざまな茶葉の缶が並んでいる。


 淡い花の香り。

 深く焙じた渋み。

 柑橘の皮を思わせる爽やかさ。


「茶葉によって性格が変わります」


 職人は一つの缶を開け、香りを立たせる。


「同じ菓子でも、出会う相手で別の顔を持つ」


 レティシアは、先ほどの一口を思い出す。


 単体では平板だった甘さが、紅茶と重なり奥行きを持った。


 菓子だけでは語らなかった味が、飲み物と共に言葉を得た。


「それでは……菓子は未完成のまま売られているのですか」


 思わず問いが漏れる。


 職人は首を横に振った。


「いいえ」


 穏やかな目で、まっすぐに彼女を見る。


「完成は、あなたの手で決まります」


 衝撃だった。


 完成を、作り手が決めない。


 食べ手に委ねる。


 グラシエールでは、完成は絶対だった。

 氷層クラッケンは、それ以上でも以下でもない。


 あれは環境が定めた最終形。


 アレフでは、瞬間が完成だった。

 焼き上がり、口に入れ、消えるまでが一つの完結。


 だがベルニアは違う。


 完成は固定されていない。


 関係の中で生まれる。


 共作完成。


 菓子は半分であり、同時に可能性の塊でもある。


 レティシアはカップを見下ろす。


 琥珀色の液面に、自分の顔が揺れている。


 もし完成が他者に委ねられるのなら。


 作り手の思想はどこに宿るのか。


 強さはどこで測るのか。


 単体で完結しないものは、弱いのか。


 それとも――。


 単体で完結していると思い込むことこそ、傲慢なのか。


 海霧の向こうで、港の鐘が鳴る。


 その音は強くない。


 だが街全体が、それに自然に応じて動く。


 ベルニアの強さは、叫ばない。


 混ざり合い、支え合い、完成する。


 レティシアは初めて、自分の中の基準が揺らぐのをはっきりと感じていた。

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