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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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scene2:二重焼成ビスコッティとの対面

海霧に縁取られた石造りの通りの奥に、その老舗はあった。


 看板は控えめ。

 装飾も華美ではない。


 だが扉の木目は丁寧に磨かれ、取っ手は使い込まれている。


 長く続いてきた店の気配。


 中へ入ると、香りが穏やかに広がった。


 焼いた小麦と、かすかな酒精。

 甘さは強くない。


 奥から現れたのは、落ち着いた壮年の職人だった。

 白髪がわずかに混じる髪。

 無駄のない所作。


「ようこそ、ベルニアへ」


 低く、よく通る声。


 差し出されたのは、細長い焼き菓子。


 棒状に整えられ、均等に並べられている。


「二重焼成ビスコッティです」


 レティシアは一本を手に取る。


 軽い。


 だが密度はある。


 指先で軽く叩く。


 乾いた、控えめな音。


 氷層クラッケンのような金属的響きではない。


 しかし、水分が抜けきっていることは明白だった。


「一度焼き上げてから切り分け、さらに低温で再焼成します」


 職人が説明する。


「水分を極端に落とすためです」


 なるほど。


 保存を意識した構造。


 硬い。


 非常に硬い。


 レティシアの目がわずかに細まる。


「これは……戦える」


 思わず口に出る。


 強度がある。


 折れない。


 湿りにも耐えるだろう。


 彼女は端を齧る。


 歯に、明確な抵抗。


 だが危険な衝撃ではない。


 氷層クラッケンほどの攻撃性はない。


 硬い。


 乾燥。


 咀嚼には力がいる。


 だが――。


 味が、淡い。


 甘さは抑えられ、香りも控えめ。


 噛みしめれば小麦の風味は出るが、広がらない。


 主張が弱い。


 拍子抜け。


 彼女はもう一口齧る。


 変わらない。


 堅実だが、感動はない。


 氷層クラッケンほど思想があるわけではない。


 あれは環境の極限が生んだ構造だった。


 砂紋サブレほど詩的でもない。


 消える美学もない。


 これは――。


「中途半端に、見えますか」


 職人が静かに言った。


 見透かされたようで、レティシアはわずかに眉を動かす。


 確かに硬い。


 確かに保存性はある。


 だが完成しているかと問われれば、答えに迷う。


 単体での主張が薄い。


 強いのか、弱いのか。


 戦えるのか、戦うべきなのか。


 霧越しの街のように、輪郭が曖昧だ。


 レティシアは、手にした細長い菓子を見つめる。


 硬さはある。


 だが決定打がない。


 整っている。


 だが突出がない。


 ベルニアという街の空気と、同じだ。


 調和している。


 だが、叫ばない。


 その静けさが、彼女にはまだ理解できなかった。

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