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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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第四章 協調の焼成 scene1:到着 ― 混ざる街

西方ベルニアの港に船が滑り込んだとき、世界は輪郭を失っていた。


 海霧が、薄く街を包んでいる。


 濃くはない。視界を奪うほどでもない。

 だが、すべての境界をやわらげる程度には十分だった。


 石畳に降り立つ。


 わずかに湿っている。


 足音が、吸い込まれる。


 硬質な反響がない。


 グラシエールの凍てつく石の響きでもなく、

 アレフの乾いた砂の擦過音でもない。


 ここでは、音さえも調和している。


 港には帆を下ろした船が並び、樽が整然と積まれている。

 荒々しさはない。


 人々は声を張り上げるが、怒鳴らない。


 商談の言葉も、どこか丸い。


 市場へ足を向ける。


 軒先に吊るされた茶葉の袋。

 乾果の山。

 深い色のワイン樽。


 香りが混ざる。


 紅茶の渋み、葡萄の甘み、干し果実の濃厚な気配。


 だが、どれも突出しない。


 どれか一つが支配することはない。


 レティシアは足を止める。


 整っている。


 配置も、色彩も、人の動きも。


 無駄がない。


 だが――主張が弱い。


 胸の奥に生まれた感覚を、彼女は言葉にする。


 グラシエールには硬質な必然があった。

 氷と生存が生んだ、あの圧倒的な強度。


 アレフには鮮烈な瞬間があった。

 熱と風が作る、消えゆく輝き。


 だがベルニアには、どちらもない。


 強くない。

 鋭くない。


 代わりにあるのは――調和。


 混ざり合い、均され、突出を削られた均衡。


 海霧の向こうに、石造りの街並みがぼんやりと続く。


 どの建物も高すぎず、低すぎない。

 どの色も濃すぎず、淡すぎない。


 完成している。


 だが、叫ばない。


 レティシアは静かに息を吸う。


 湿った空気が肺に落ちる。


 ここには対立がない。


 削り合いも、消滅も、誇示もない。


 それが、わずかに落ち着かない。


 強さが見えない。


 思想が聞こえない。


 だが――確かに、崩れてもいない。


 彼女はゆっくりと歩き出す。


 この街は、何をもって完成とするのか。


 その答えを探るために。


 海霧が、静かに彼女の背を包んでいた。

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