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悪役令嬢レティシアは”カリカリ”が好き  作者: 南蛇井


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11/52

scene4:文化の説明

倉庫の奥で、小さな火鉢がぱちりと音を立てた。


 その傍らに座っていたのは、白髪の女性だった。

 厚い毛織りの衣をまとい、指先は粉と傷で白くなっている。


 氷層クラッケンを焼く職人だと、代官が短く紹介した。


 彼女はレティシアの様子を見て、笑わなかった。


 ただ、当然のことを語る声で言う。


「驚きましたか」


「少しだけ」


 レティシアは正直に答える。


 女性は頷く。


「ここでは、水が凍ります」


 単純な事実。


「練った生地も、放っておけば凍る。半端な水分は、内側から壊します」


 火鉢の火をかき混ぜながら、続ける。


「湿度が高いと、命取りです。保存中に傷みます」


 王都では、しっとりは美徳だった。


 水分は豊かさの象徴。

 口当たりの優しさ。


 だが、ここでは違う。


「遠征や狩りに持っていきます。何日も雪の中を歩く。濡れたら終わりです」


 だから。


「割れにくいことが正義です」


 静かな断言。


 思想ではない。

 理想でもない。


 必要。


 ただ、それだけ。


 女性は氷層クラッケンの縁を軽く叩く。


 ――キン。


「柔らかい菓子は、ここでは死にます」


 その一言は、火よりも熱く、冷気よりも鋭く刺さった。


 死ぬ。


 王都で語られることのない動詞。


 レティシアの胸の奥で、何かがひび割れる。


 王都の“しっとり”は、ここでは腐敗。


 包み込む優しさは、凍結と劣化の温床。


 彼女が求めた“音”は、確かにここにもある。


 だがそれは、対立を示す意思ではない。


 生き延びるための結果。


 女性は淡々と続ける。


「甘さは後からでいい。まず、持つこと。残ること」


 火鉢の火が小さく揺れる。


 倉庫の乾いた空気の中で、レティシアは自分の手を見る。


 王都で語った言葉が、遠く感じる。


 音が鳴るべきだ。


 輪郭があるべきだ。


 崩れは管理されるべきだ。


 それらは、ここでは贅沢だ。


 守られた庭園の理屈。


 女性は優しくも厳しくもない目で、彼女を見る。


「お嬢様の国では、柔らかいものが生きられるのでしょう」


 否定ではない。


 羨望でもない。


 ただ、違いの確認。


 レティシアは静かに息を吐く。


 白くはならない。倉庫の中はわずかに温められている。


 だが胸の奥は、まだ冷たい。


 音はある。


 だがそれは思想ではない。


 環境の声。


 その可能性が、初めて彼女の中に生まれた。

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