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ありがとう、お姉様

娘達へ

作者: まつか
掲載日:2026/02/19

親心の話

「なんでいつもそうなの!? いいかげんにしてよ!」

「しょうがないじゃないか! だいたい君だっていつも――」


 隣の部屋から聞こえる声に、あぁまたかと私は頭を抱えた。




 私には二人の娘がいる。


 領地で暮らす母に似た、明るく太陽のような長女のリサ。

 亡くなった妻に似た、凛とした花のような次女のア

リス。


 妻とは政略結婚だったが、一目見た時から恋に落ちた私は心から彼女を愛していた。

 娘達がまだ幼い時に妻が亡くなってからは、寂しい思いをさせないようにと必死に仕事も育児もやったつもりだ。


 娘達は二人共に優秀で、婚約者候補も見つかりさぁどちらを正式な跡継ぎにするかという時に問題が起きた。


 二人共が、跡継ぎの婚約者になる予定のユリウスに恋してしまったのだ。

 長女の自分が跡継ぎになる気でまだ候補でしかないユリウスを自分の婚約者だと言い触れ回るリサと、なんとしても跡継ぎになりたいと奮起してくれたのは良いがギラギラとした目で勉強に励みつつユリウスにアプローチするアリス。


 当然、家の中の空気は悪くなった。


 妻の実家の血筋ではあるが、さる高貴な血も引くと言う婿()()()()()()()()()立場のユリウス。

 確かに顔も良く物腰の柔らかい彼は、乙女達から見たら恋せずにはいられないだろう。

 だが、それだけだ。


 そう、()()()()なのだ。


 だから私は、より優秀な方を跡継ぎにしなければならない。

 この家の為に。


 ……大事な娘達の一人が、苦労すると分かっていても。




「お願いします、必ず幸せにすると誓います。だからどうか、リサ嬢を正式な私の婚約者にしてください!」

 娘達の嫁入り先として婚約者候補になったアンドリュー君は、ある日私の執務室にやってくるとそう言って深々と頭を下げた。


 彼がリサを出会った時から慕っているのは知っていた。

 妻と出会った時の、若い頃の私と同じ目をしていたから。


 でも、その為にリサを跡継ぎの座から引きずり落とすような真似をしたのはいただけない。


「君がアリスの策謀に乗ったせいで、リサが社交界の影でなんと言われているか知っているかい?」

 あえてそういう言い方をすれば、彼はグッと唇を噛み締める。


 リサは我が家の事情を知らない者から、婚約者(ユリウス)がいるのに妹の婚約者と不貞を働く悪女だと影でコソコソと言われていた。

 そもそも二人共候補でしかないのだから、不貞も何もないのだが。


 分かっていた、全部。

 私がいない時でも、あの子達に付けた護衛に全部報告させていたから。

 まだまだ甘いあの子達は、気付いていなかったようだけれど。


 ……私は、酷い父親だな。


「きっと、私も君も、リサに恨まれるだろうな」


 その言葉に、彼が顔を上げた。


「あの子の泣き顔は、見たくないなぁ……」


 愛する妻との間に産まれた、初めての子。

 クルクルと変わる表情のなんと可愛いかった事か。

 妻が亡くなった時、絶望する私の横に目に涙を溜めながらも泣くのを我慢してピッタリと寄り添うあの子を、絶対に守ると誓った。

 本当は甘えん坊なのに、アリスに遠慮して私の方をチラチラ見る姿も愛おしかった。

 社交界に出るようになって『社交界の華』等と呼ばれるようになっても、何かあれば「お父様聞いて!」と無邪気に話をしに来てくれた。


 あの子の笑顔は、いつだって私の光だった。


 アリスだってもちろん愛している。

 愛する妻に似た、聡明な子。

 本人は冷静沈着といったように大人ぶっているが、本当はまだまだ子供っぽいところが沢山ある可愛いもう一人の娘。


 出来る事なら、二人共ずっと手元に置いておきたかった。


 それでも、選ばなければいけないと言うのなら……私は……。



「アンドリュー君」


 少し呆けていた彼に声をかけると、彼もハッとして真剣な表情になる。

「絶対に、リサを幸せにしてくれ。きっとあの子は今回の件で沢山泣くだろう……それが、最後の涙になるように」

 私のその言葉に、アンドリュー君はコクリと頷くと、力強く「はい!」と答えた。


 あぁ、でも。


 喜びで泣かすのは許してあげようか。




「聞いてお父様、アンドリューったらね」

 暖かな陽射しの降り注ぐ我が家の庭で、お茶をしながらリサが嬉しそうに話しているのを男二人で静かに聞く。


 久しぶりに婚家からリサが遊びに来た。

 アンドリュー君と腕を組み、幸せそうにあの太陽のように眩しい笑顔で。


 アンドリュー君の献身でリサはすっかり彼に心を許し、今では社交界で知らない者はいないおしどり夫婦だ。

 義両親にも可愛がってもらっているようで、彼を選んで本当に良かったと安堵した。

 これなら、そう遠くない未来に孫を抱っこ出来そうだ。



「そういえば、アリスの事なんだけど……」


 リサが言い辛そうに、オズオズと妹の名前を出した。

 その心配そうな顔に、心が痛む。

「いいんだよ、お前は何も気にしなくて」

「でも……」

「あの子が望んだ結果なのだから」

 私の言葉に悲しそうに目を伏せた彼女を、アンドリュー君が抱き寄せた。


 リサ、可愛い私の娘。


 どうかお前だけは、幸せになっておくれ。




「どうして何もしないの!? いいかげんにしてよ! 全部私に任せて、男のくせに恥ずかしくないの!?」

「君こそ、毎日仕事仕事っていいかげんにしてくれ! 僕は仕事の為に君に婿入りした訳じゃない!」

「なんですって!? この顔だけ男!」

「君こそ、こんなに喧しい女だと思わなかった! もっとお淑やかな子だと思ったのに、騙された気分だ!」


 今日もアリスとユリウスは、顔を合わせてはお互いに怒声を浴びせている。

 今のところは私もまだまだ現役の為、補佐としてしか働かせてはいないが、あの程度でコレでは先が思いやられる。


 娘達二人には、ユリウスの事情は最初にちゃんと話してあった。

 リサもそのつもりで、自分がユリウスを養うという気概が感じられた。

 だからこそあそこまで執着していたし、私もそれを見逃していたのだが。

 それでも周りの思惑に踊らされ、跡継ぎの資質無しと嫁に出したのは嘘ではない。


 アリスも……分かってやっていると思っていた。

 どうやらあの子は、ユリウスの外見しか見ていなかったらしい。

 昔からリサに張り合うところがあったから、暫定リサの婚約者だったユリウスに惹かれたのはしょうがなかったのかもしれない。


 それでもアリス、私はお前も愛しているよ。


 だから、私が死ぬまでに、君が少しでも幸せになれるように私の人生を捧げよう。

物語のその後がハッピーエンドとは限らないって事

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― 新着の感想 ―
あー、ざまあした方が不幸になるパターンかぁ。そしてお父さんは全てを理解してたと。姉を嵌める方に加担してたからそれなりの賢さはあると思いきや、「仕事するために婿入りしたんじゃない」とはとんだ不良債権。 …
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