1.5 翼人へのお届けもの
配達人
ラガは立ち上がり、リュックを背負い直した。
「では、そろそろ、戻ります」
「気をつけて」
女と男が手を振る。
「また、いつでも来てください」
「はい。ありがとうございました」
ラガは笑って、手を振り返した。
子どもたちも、玩具を抱えて手を振っている。
「ありがとうございました!」
*
左の道を登るのは、降りるよりも大変だった。
階段が続き、斜面も急になる。
でも、右の道よりは傾斜が緩く、ずっと安全だ。
子どもたちは変わらず、木から木へ飛び移りながら、ラガの登るペースに合わせてくれた。
「配達のお兄さん、疲れてない?」
「大丈夫だよ。もう少しだもんな」
ラガは息を整えながら、階段を登った。
やがて、頭上の空がぱっと開けた。
崖の上に戻ってきた。
子どもたちが先に飛んでいき、家の前で待っている。
ラガが最後の段を登り切ると、子どもたちが駆け寄ってきた。
「お疲れさま!」
「ありがとう!」
ラガは笑って、しっぽを揺らした。
「どういたしまして」
家の戸が開いて、大人が顔を出した。
「おかえり。直ったのか?」
「うん! 直ったよ!」
子どもたちが玩具を見せる。
大人が玩具を受け取り、車輪を回してみた。
「……直ったのか。よかった」
大人がラガに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いえ、森の夫婦のおかげです」
そのとき――
後ろから、声がした。
「ただいま」
低い、少し疲れた声。
大きな翼人がいた。
がっしりとした体格で、右手には、布が巻かれていた。
「おじさん!」
子どもたちが走り寄る。
「来てくれたの?」
「ああ。手が少し良くなったから、少し飛んで少し歩いて来た」
見た目は若い翼人の男性――"おじさん"は、少し息を切らしていた。
「歩いて……?」
ラガが驚くと、おじさんは笑った。
「飛べないからな。左の道を使って、ゆっくり登ってきた」
「無理しなくてもよかったのに……」
大人が心配そうに言う。
「いや、どうしても会いたくてな。成長祝い、ちゃんと渡したかったし」
"おじさん"が、子どもたちの頭を撫でた。
「玩具、気に入ってくれたか?」
「うん! すごく好き!」
「でもね、壊しちゃったの……」
短い髪の子が、しょんぼりする。
「壊した?」
「うん。でもね、配達の人が森の人たちに直してもらってくれたの!」
肩までの髪の子が、玩具を見せた。
おじさんが玩具を受け取り、じっと見た。
「………どこが壊れてたか、わからんな」
それから、ラガに顔を向けた。
「あなたが、配達の人か」
「はい。ラガといいます」
「荷物をありがとう。それから、わざわざ下に連れて行ってくれて」
「いえ、放っておけなくて」
ラガは少し照れくさそうに、しっぽを揺らした。
おじさんが、背中の袋から包みを取り出した。
「これ、差し入れだ。近所の崖の上で作った干し果物と焼き菓子」
「ありがとうございます」
大人が包みを受け取る。
「せっかくだから、配達の方も、みんなで食べよう」
大人が家の中へ戻り、木の皿に干し果物と焼き菓子を並べてきた。
崖の上の風が、少しだけ穏やかになっていた。
家の前の平らな場所に、みんなで座った。
子どもたちは、玩具を転がしながら、嬉しそうに笑っている。
おじさんが、干し果物を口に運びながら言った。
「配達の方、あらためてありがとう。わざわざ送ってくれて」
「いえ、このくらいなんてことないです」
「でも、普通ならそこまでしない。感謝してる」
ラガは少しだけ、胸が温かくなるのを感じた。
「この子たちと会えて、よかったです」
「そう言ってもらえると、嬉しいな」
おじさんが笑う。
焼き菓子は、サクサクとした食感で、ほんのり甘かった。
干し果物は、噛むたびに味が広がる。
「おいしいですね」
「ありがとう。崖の上は風が強いから、乾燥させるのにちょうどいいんだ」
「なるほど」
ラガは、焼き菓子をもう一つ口に運んだ。
おじさんが干し果物に手を伸ばしたとき、右手がほんの少し、こわばっているのが見えた。
子どもたちは、玩具を転がしながら、おじさんに話しかけている。
「おじさん、手、もう大丈夫?」
「医者からは許可をもらったが、もう少しで今までのように飛べるようになる。それまで、ゆっくり治すよ」
「よかった」
肩までの髪の子が、ほっとした顔をした。
日が、さらに傾いてきた。
ラガは立ち上がり、リュックを手にした。長居しすぎたかもしれない。
「そろそろ、ぼくは帰ります」
「気をつけて」
大人とおじさんが手を振る。
子どもたちも、玩具を抱えためま手を振った。
「配達の人、ありがとう!」
「また来てね!」
ラガは笑って、手を振り返した。
「また、何か届けるものがあったら、よろしく」
「うん! 待たね!」
ラガは、崖の縁から左の道へと歩き出した。
振り返ると、みんながまだ手を振っていた。
ラガも、もう一度手を振った。
それから、階段を降り始めた。
*
夕闇の森を抜けて、ラガは帰路についた。
足取りは、来たときよりもずっと軽い。
リュックの中には、森の夫婦が作った木皿が二枚。
胸の中には、子どもたちの笑顔と、"おじさん"の感謝の言葉。
そして、あの玩具が転がる音――パタパタ、ポココ――が、まだ耳の奥に残っていた。
恋人に、今日のこと話そう。
木皿のこと。
崖のこと。
子どもたちのこと。
玩具が直ったこと。
"おじさん"が、手を痛めているからと、歩いて登ってきたこと。
きっと、笑ってくれるだろう。
「無理しないでって言ったのに!」って怒られるかもしれないけど、それでも、話したい。
二人で暮らすあの家に着く頃には、きっと小さな家の窓に明かりがともっている。
ふもとの夫妻から買った木皿を並べた机の向こうで、「お疲れ様」と言ってくれる顔を思い浮かべながら、ラガは歩き続けた。
夜空に浮かぶ月が映る湖は、おだやかで美しく、恋人と一緒に見たいなと思った。
次の配達も楽しみだ。




