表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
配達人  作者: 名雪 琳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

1.4 翼人へのお届けもの

 ラガは足を止めた。

 振り返って、思わず戸を開ける。

「すみません、何か……」


 家の中では、子どもたちが玩具を囲んでいた。

 前輪が斜めに傾き、背中の羽根がだらんと垂れ下がっている。木琴の板も、一枚だけずれていた。


「どうしたんですか?」

「あの……勢いよく転がしすぎて……」

 短い髪の子が、目に涙を浮かべていた。

「ごめんなさい。せっかく運んでくれたのに……」

「いや、俺は」


 大人が玩具を手に取り、じっと見た。

「車軸が歪んでしまっているな。羽根の根元も緩んでる」

「!…」

「麓に住む夫婦が、木工が得意だと聞いてる。頼めば直してくれるかもしれないが……」

 大人が、窓の外を見た。冬の訪れを感じる、日差しの低さだった。


「冬支度で忙しくて、降りるのはしばらく先になるな」


 子どもたちが、しょんぼりと肩を落とした。

「しばらく先……」

「おじさんに、届いたって伝えたかったのに……」


 翼人は飛べるかわりに手先の器用さが低い。ラガたち獣人はパワーがあるせいで、直す前に壊してしまうから、代わりに直すことはできない。


 ラガは、さっき子供に触れられたときの感情を思い出した。

 期待と、好奇心と、「やっと」という高く跳ねる気持ち。

 放っておけなかった。


「……ぼくが連れて行きます」


 大人が、驚いたように顔を上げた。

「いいんですか?」

「はい。さっき森の家で、木工が得意な夫婦と話をしたんです。たぶん、彼らなら直せると思います。」

「でも、もう帰らないと……」

「大丈夫です。まだ日は高いし、今度は左の道を使えば安全ですから」


 ラガは子どもたちを見た。

「一緒に行くか?」

 子どもたちは顔を見合わせ、それからうなずいた。

「行きたい!」

「おじさんの玩具、直したい!」


 翼人の大人は少し考えてから、うなずいた。

「じゃあ、お願いします。ふたりとも、ちゃんとお兄さんの言うこと聞くんだぞ」

「はい!」

 子どもたちが元気よく返事をした。


 ラガは玩具を受け取り、大切にポーチにしまった。

「じゃあ、行こうか」


     *


 今度は、左の道を使った。

 正規ルートは、確かに遠回りだった。九十九折りに折り返しながら、ゆっくりと斜面を降りていく。ところどころに岩を削った階段があり、簡単な木の柵もある。


 子どもたちは、道を降りるというよりも、木から木へ飛び移っていた。短い距離を滑空して、幹に着地し、また次の木へ。軽やかな羽音が、岩場に響く。


「すごいな、飛べるって」

 ラガがつぶやくと、短い髪の子が振り返った。

「でも、獣人さんは力が強いでしょ? 僕たち、そんなに重いもの持てないよ」

「そうなのか」

「うん。お父さんも、薪とか運ぶときは大変そう」


 肩までの髪の子が、木の枝に止まりながら言った。

「配達の人って、毎日いろんなところ行くの?」

「そうだね。街の中もあるし、こうやって遠くまで行くこともある」

「楽しそう!」

「楽しいよ。いろんな人に会えるし、いろんな景色が見られる」

 ラガは慎重に階段を降りた。

「今日は、君たちにも会えたしね」

「僕たちも、配達の人に会えてよかった!」

 短い髪の子が笑う。

「玩具、ちゃんと直るといいね」

「うん。直ったら、もっと丁寧に遊ぶ」

 肩までの髪の子が、真剣な顔で言った。

 ラガは少しだけ笑った。

「そうだな。大事にしてあげてくれ」


     *


 森の家に着くと、女が作業場で木片を削っていた。


 翼人の子どもたちの姿を見て、女は少し驚いたように目を瞬かせた。


「あら。配達の方と……翼の子たち?」

「すみません、直していただきたいものが……」


 ラガが事情を説明すると、女は玩具を受け取って丁寧に見た。


「これが、おじさまの手作りですか?」

「わかんない。でも成長祝いに送ってくれたの」

「すてきな玩具ですね。車軸が少し歪んで、羽根の根元も緩んでいるみたいですね」


 女が家の中へ声をかけた。

「あなた、ちょっと来てもらえますか?」

 女は男に事情を説明して、玩具を見せる。男が家から出てきて、玩具を手に取った。じっと観察してから、ゆっくりとうなずいた。


「……直せそうだ」


 子どもたちの顔が、ぱっと明るくなった。

「ほんとに?」

「ああ。ただ、少し時間がかかる。待っていられるか?」

「待つ!」

「僕たちも見てていい?」


 男が笑った。

「いいよ。邪魔しなければな」


     *


 修理が始まった。

 男は、まず車軸を外した。細い木の棒が、わずかに曲がっている。

「これを削り直さないとな」

 男は木片の山から、ちょうどいい太さの枝を選び出した。小刀で少しずつ削っていく。削りカスが、作業台の上に白い粉のように積もっていく。

 子どもたちは、息をのんで見守っていた。


 女は、羽根の根元を見ていた。

「ここの結び目が緩んでますね。締め直します」

 細い糸を解いて、もう一度結び直す。その手つきは、木皿を削るときと同じように、丁寧で確かだった。


 ラガはその様子を見ていた。

 子どもたちの真剣な表情。

 職人の、無駄のない手つき。

 静かな作業場に、小刀の音だけが響いている。


「……よし」

 男が新しい車軸を差し込む。

 女が羽根を取り付け直す。

 最後に、木琴の板を並べ直して、位置を調整する。


「よし。これでどうかな」

 男が玩具を子どもたちに渡した。

 短い髪の子が、そっと床に置く。

 今度は、優しく押した。


 玩具が転がる。羽根が回る。

 パタパタ。

 ……ポココ、が鳴らない。

「あれ……?」


 子どもの声が、ちいさく沈んだ。

 肩までの髪の子が玩具を見つめ、今にも泣きそうな顔になる。


 男が無言で受け取り、車輪を指先で回した。

 女が木琴板のあたりを覗き込み、指で一枚だけ軽く押す。

「板が、ほんの少し浮いてます。ここ、噛んでるかもしれない」

「車軸のほうも、まだきついか」


 男は玩具をひっくり返し、削った車軸をほんの少しだけ、さらに削った。

 女は板の裏を確かめて、ずれた位置を一息で戻す。


「……もう一回」

 男が床に置き直す。

 短い髪の子が、今度は息を止めて、そっと押した。

 羽根が回る。

 パタパタ、ポココ。

 音が、戻った。


「……鳴った」

 次の瞬間、子どもたちの顔がぱっと明るくなる。


「直った!」「直った!!」

 子どもたちが歓声を上げた。

 ラガも、思わず笑みがこぼれた。


「よかった……」

 女が微笑む。

「おじさま、きっと喜びますね」

「うん!お手紙書いて伝えるんだ!」

「『ちゃんと直してもらったよ』って!」


 修理道具を夫婦が片付け始めたので、ラガは慌てて、ポーチから小銭を取り出した。

「修理代、いくらですか?」

「いえいえ」

 女が手を振った。

「さっき木皿を買ってくださったでしょう? それに、こんな素敵な玩具を見られて勉強になりましたし」


「でも……」

「もしよかったら、街で宣伝してくださると嬉しいです」

 女が笑う。

「『森の家の木工』って」


 ラガは少し考えてから、うなずいた。

「……わかりました。絶対に宣伝します」

「ありがとうございます」


 男が井戸から水を汲んできて、木の椅子を並べた。

「よかったら、少し休んでいきますか? また崖を登るんでしょう」

「……いいんですか?」

 ラガが聞くと、男が笑った。

「いいってことよ。せっかくだし」


 子どもたちも、玩具を抱えて嬉しそうにしている。

「じゃあ、少しだけ」

 ラガは、リュックを下ろした。

 作業場の前で、男が出してくれた水を飲みながら、しばらく休んだ。

 子どもたちは、玩具をそっと転がして、何度も音を確かめている。


「やっぱり、おじさんがくれる玩具は最高だね」

「うん。今度は、もっと丁寧に遊ぶんだ」


 女が、子どもたちに声をかけた。

「おじさま、きっと喜びますよ。大事にしてあげてくださいね」

「はい!」

 子どもたちが元気よく返事をした。

 日が少し傾き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ