1.4 翼人へのお届けもの
ラガは足を止めた。
振り返って、思わず戸を開ける。
「すみません、何か……」
家の中では、子どもたちが玩具を囲んでいた。
前輪が斜めに傾き、背中の羽根がだらんと垂れ下がっている。木琴の板も、一枚だけずれていた。
「どうしたんですか?」
「あの……勢いよく転がしすぎて……」
短い髪の子が、目に涙を浮かべていた。
「ごめんなさい。せっかく運んでくれたのに……」
「いや、俺は」
大人が玩具を手に取り、じっと見た。
「車軸が歪んでしまっているな。羽根の根元も緩んでる」
「!…」
「麓に住む夫婦が、木工が得意だと聞いてる。頼めば直してくれるかもしれないが……」
大人が、窓の外を見た。冬の訪れを感じる、日差しの低さだった。
「冬支度で忙しくて、降りるのはしばらく先になるな」
子どもたちが、しょんぼりと肩を落とした。
「しばらく先……」
「おじさんに、届いたって伝えたかったのに……」
翼人は飛べるかわりに手先の器用さが低い。ラガたち獣人はパワーがあるせいで、直す前に壊してしまうから、代わりに直すことはできない。
ラガは、さっき子供に触れられたときの感情を思い出した。
期待と、好奇心と、「やっと」という高く跳ねる気持ち。
放っておけなかった。
「……ぼくが連れて行きます」
大人が、驚いたように顔を上げた。
「いいんですか?」
「はい。さっき森の家で、木工が得意な夫婦と話をしたんです。たぶん、彼らなら直せると思います。」
「でも、もう帰らないと……」
「大丈夫です。まだ日は高いし、今度は左の道を使えば安全ですから」
ラガは子どもたちを見た。
「一緒に行くか?」
子どもたちは顔を見合わせ、それからうなずいた。
「行きたい!」
「おじさんの玩具、直したい!」
翼人の大人は少し考えてから、うなずいた。
「じゃあ、お願いします。ふたりとも、ちゃんとお兄さんの言うこと聞くんだぞ」
「はい!」
子どもたちが元気よく返事をした。
ラガは玩具を受け取り、大切にポーチにしまった。
「じゃあ、行こうか」
*
今度は、左の道を使った。
正規ルートは、確かに遠回りだった。九十九折りに折り返しながら、ゆっくりと斜面を降りていく。ところどころに岩を削った階段があり、簡単な木の柵もある。
子どもたちは、道を降りるというよりも、木から木へ飛び移っていた。短い距離を滑空して、幹に着地し、また次の木へ。軽やかな羽音が、岩場に響く。
「すごいな、飛べるって」
ラガがつぶやくと、短い髪の子が振り返った。
「でも、獣人さんは力が強いでしょ? 僕たち、そんなに重いもの持てないよ」
「そうなのか」
「うん。お父さんも、薪とか運ぶときは大変そう」
肩までの髪の子が、木の枝に止まりながら言った。
「配達の人って、毎日いろんなところ行くの?」
「そうだね。街の中もあるし、こうやって遠くまで行くこともある」
「楽しそう!」
「楽しいよ。いろんな人に会えるし、いろんな景色が見られる」
ラガは慎重に階段を降りた。
「今日は、君たちにも会えたしね」
「僕たちも、配達の人に会えてよかった!」
短い髪の子が笑う。
「玩具、ちゃんと直るといいね」
「うん。直ったら、もっと丁寧に遊ぶ」
肩までの髪の子が、真剣な顔で言った。
ラガは少しだけ笑った。
「そうだな。大事にしてあげてくれ」
*
森の家に着くと、女が作業場で木片を削っていた。
翼人の子どもたちの姿を見て、女は少し驚いたように目を瞬かせた。
「あら。配達の方と……翼の子たち?」
「すみません、直していただきたいものが……」
ラガが事情を説明すると、女は玩具を受け取って丁寧に見た。
「これが、おじさまの手作りですか?」
「わかんない。でも成長祝いに送ってくれたの」
「すてきな玩具ですね。車軸が少し歪んで、羽根の根元も緩んでいるみたいですね」
女が家の中へ声をかけた。
「あなた、ちょっと来てもらえますか?」
女は男に事情を説明して、玩具を見せる。男が家から出てきて、玩具を手に取った。じっと観察してから、ゆっくりとうなずいた。
「……直せそうだ」
子どもたちの顔が、ぱっと明るくなった。
「ほんとに?」
「ああ。ただ、少し時間がかかる。待っていられるか?」
「待つ!」
「僕たちも見てていい?」
男が笑った。
「いいよ。邪魔しなければな」
*
修理が始まった。
男は、まず車軸を外した。細い木の棒が、わずかに曲がっている。
「これを削り直さないとな」
男は木片の山から、ちょうどいい太さの枝を選び出した。小刀で少しずつ削っていく。削りカスが、作業台の上に白い粉のように積もっていく。
子どもたちは、息をのんで見守っていた。
女は、羽根の根元を見ていた。
「ここの結び目が緩んでますね。締め直します」
細い糸を解いて、もう一度結び直す。その手つきは、木皿を削るときと同じように、丁寧で確かだった。
ラガはその様子を見ていた。
子どもたちの真剣な表情。
職人の、無駄のない手つき。
静かな作業場に、小刀の音だけが響いている。
「……よし」
男が新しい車軸を差し込む。
女が羽根を取り付け直す。
最後に、木琴の板を並べ直して、位置を調整する。
「よし。これでどうかな」
男が玩具を子どもたちに渡した。
短い髪の子が、そっと床に置く。
今度は、優しく押した。
玩具が転がる。羽根が回る。
パタパタ。
……ポココ、が鳴らない。
「あれ……?」
子どもの声が、ちいさく沈んだ。
肩までの髪の子が玩具を見つめ、今にも泣きそうな顔になる。
男が無言で受け取り、車輪を指先で回した。
女が木琴板のあたりを覗き込み、指で一枚だけ軽く押す。
「板が、ほんの少し浮いてます。ここ、噛んでるかもしれない」
「車軸のほうも、まだきついか」
男は玩具をひっくり返し、削った車軸をほんの少しだけ、さらに削った。
女は板の裏を確かめて、ずれた位置を一息で戻す。
「……もう一回」
男が床に置き直す。
短い髪の子が、今度は息を止めて、そっと押した。
羽根が回る。
パタパタ、ポココ。
音が、戻った。
「……鳴った」
次の瞬間、子どもたちの顔がぱっと明るくなる。
「直った!」「直った!!」
子どもたちが歓声を上げた。
ラガも、思わず笑みがこぼれた。
「よかった……」
女が微笑む。
「おじさま、きっと喜びますね」
「うん!お手紙書いて伝えるんだ!」
「『ちゃんと直してもらったよ』って!」
修理道具を夫婦が片付け始めたので、ラガは慌てて、ポーチから小銭を取り出した。
「修理代、いくらですか?」
「いえいえ」
女が手を振った。
「さっき木皿を買ってくださったでしょう? それに、こんな素敵な玩具を見られて勉強になりましたし」
「でも……」
「もしよかったら、街で宣伝してくださると嬉しいです」
女が笑う。
「『森の家の木工』って」
ラガは少し考えてから、うなずいた。
「……わかりました。絶対に宣伝します」
「ありがとうございます」
男が井戸から水を汲んできて、木の椅子を並べた。
「よかったら、少し休んでいきますか? また崖を登るんでしょう」
「……いいんですか?」
ラガが聞くと、男が笑った。
「いいってことよ。せっかくだし」
子どもたちも、玩具を抱えて嬉しそうにしている。
「じゃあ、少しだけ」
ラガは、リュックを下ろした。
作業場の前で、男が出してくれた水を飲みながら、しばらく休んだ。
子どもたちは、玩具をそっと転がして、何度も音を確かめている。
「やっぱり、おじさんがくれる玩具は最高だね」
「うん。今度は、もっと丁寧に遊ぶんだ」
女が、子どもたちに声をかけた。
「おじさま、きっと喜びますよ。大事にしてあげてくださいね」
「はい!」
子どもたちが元気よく返事をした。
日が少し傾き始めていた。




