1.2 翼人へのお届けもの
木々がひらけた先に、小さな家があった。
丸太を組んだ壁と、石を積んだ土台。
その横に、小さな畑と、屋根だけかかった作業場のような場所、そして家畜小屋がある。
畑では背の低い野菜が光を受けようと葉を広げ、作業場では女が木片に刃物を当てていた。家から少し離れたところで男が少し太い薪を振り下ろしている。
ラガは服の裾を払い、尻尾も毛並みを整えた。緊張を落ち着かせるための、毛づくろいのようなものだ。
それから荷を背負い直すと、いつもの調子で声を張った。
「すみませーん、道、ちょっと聞いてもいいですかー!」
木を削っていた女が顔を上げる。日差しを受けた髪が少し明るく見えた。
「あら、お客様。どうしました?」
女性が立ち上がる。ラガは近づきながら、手袋を着けた両手を軽く上げて見せた。怪しい者じゃない、と示す合図だ。
「配達人のラガです。この先の崖の上に住んでる、翼の人たちに荷物を届けに来たんですけど、森からの道がちょっと分からなくて」
女はラガのリュックに、腰のポーチ、足元の土汚れをさっと見た。配達人だ、と確認したらしい。
「崖の上、ですか。翼の人たちのお宅なら、ここからだと……森をこのまままっすぐ抜けるだけです。岩場の上ですよ。正面は急だから、左側から回り込んだほうがいいです。人が歩ける道がありますから」
女は崖の上を指さして続ける。
「私たちは上まで行ったことはないんですけどね。大人の方にはしばらく会っていないけど、翼の子供たちが、時々近くまで降りてきて、遊んでるんです」
薪を割っていた男も、斧を木の上に置き、こちらに顔を向けた。
「配達の人が来るのは、めずらしいな。湖の向こうの街から?」
「そうですそうです。あっち側から二日歩きっぱなしで。いやぁ、この湖、広いですね。地図で見るよりずっと」
軽く笑ってみせると、男も口元を緩めた。
「おつかれさん。海のような広さがあるだろう。少し休んでいくかい?」
男が手袋をはめながら、井戸の方へ歩いていく。ラガは慌てて首を振った。
「いえ、大丈夫です。日が暮れる前に届けたいので」
「そうか。じゃあ、せめて水だけでも」
男が汲んできた水を差し出してくれる。ラガは礼を言うと、両手で受け取り、喉を潤した。
「……っはぁ。生き返りました」
冷たい水が喉を通り、身体の芯まで染み渡る。二日分の疲れが、少しだけ癒された気がした。
「お水まで、ありがとうございました」
「いいってことよ。気をつけて行きな」
ラガは作業場の方へ視線を移した。女の足元には、削りかけの木片がいくつも転がっている。
作業台の上には丸い皿のような形のものもあれば、まだ角ばったままのものもある。ほぼ形の整った木皿も数枚並んでいた。
「それ、作られたんですか?」
思わず出た言葉に、女が少し驚いたように目を瞬かせる。
「ええ。街で売る予定です。今はまだ、数がそろわないので持っていけないのですが」
「すてきな形ですね。縁のところの曲がりが、ちょうど手に収まりそうで」
ラガはひとつ、許可をもらって持ち上げてみた。手のひらにかかる重さがちょうどいい。滑らかに削られた面を指でなぞると、木目が光の筋みたいに見える。
「恋人が、こういうの好きなんですよ。もし売ってくださるなら、2枚買ってもいいですか?」
「もちろん」
女が微笑む。その笑顔に、ラガは少しほっとした。
ラガは皿を片手で持ち上げた。
軽い──と思った瞬間、手のひらになじむ湾曲と木のぬくもりが心地よくて、自然にもう片方の手を添えていた。
両手に収まるサイズで、朝でも夕でも食卓に出しやすい“ちょうどいい大きさの皿”だとわかる。
内側は湾曲した面に木目がのびやかで、外側よりもつるりとしている。仕上げの油がちがうのだろうか。
外側の縁に刻まれた葉の文様が、ぐるりと一周しているのが目に留まった。
ただそれだけなのに、不思議と目が離せない。
派手さはないが、丁寧な仕事だとわかるつくりだった。
「この模様、全部手彫りですか? すごくきれいです」
ラガが思わず聞くと、女は少し照れたように笑った。
「外側だけですけどね。この模様、気に入っていて。内側はツルッとしているほうが洗いやすいから、外側だけ」
ラガはなるほどと、皿の縁を指先でなぞった。
とても丁寧だが、気負わず“毎日使える”皿のつくりだ。
恋人がこの木皿を受け取って、嬉しそうに笑う姿が自然と浮かぶ。
この器に料理をよそって食卓に置いたときの景色まで、思い描いてしまう。
代金を聞いて支払いながら、気づけば、頬がゆるんでいた。
「喜んでもらえるといいですね」
「きっと喜びます。ありがとうございます」
女が布で皿を軽く拭ってから、慣れた手つきで紙に包む。その向こうで、男は割った薪をきれいに積み上げていた。
ラガは包んでもらった皿を受け取ると、大切にリュックにしまい込んだ。それから肩にリュックを担ぎ直し、二人に軽く手を振る。
「いろいろと、ありがとうございます。じゃ、行ってきます」
「気をつけてね」
「崖の上は、風が強く吹くことがあります。今日はまだ弱そうですが、無理しないように」
女と男は、揃って手を上げて見送ってくれた。
ラガは森の奥へ歩き出しながら、少しだけ振り返った。
二人はまた作業に戻っている。薪を割る音と、木を削る音が、静かに響いていた。
いい夫婦だな。
そう思いながら、ラガは先へ進んだ。
リュックの中で木皿が揺れないよう、歩幅を少しだけ小さくして。




