転生…そして魔王復活
「……はっ。」
短く息を呑み、上体を起こす。
どうやら眠ってしまっていたらしい。硬い簡易ベッドの感触が妙にリアルだ。
周囲の気配を探ると、そこには見知らぬ、しかし呑気な気配が一つあった。
「起きた?」
落ち着いた、女性の声。
「リロイが運んできたのよ。あなた、名前は?」
リロイ? あの、倉庫で怒鳴っていた冴えない男か。
「ルーシュです……ここは……?」
「診療所よ。極度の疲労だったみたいね。ポーションと睡眠でどうにか落ち着いたわ」
カーテンがシャッと開き、眼鏡をかけた女性が顔を覗かせる。
「ありがとうございます……」
礼を言いつつ、混乱する思考を整理する。まずは現状の確認だ。
「《天国の城》のマスターに会いたいのですが」
「天国の城? マスター?」
女性はきょとんとしてから、おかしそうに笑った。
「先生なら私もそうよ? 職員室にでも行けば誰かいるんじゃないかしら」
……先生?
ギルドの“マスター”が“先生”だと?
(何がどうなっている。本気で状況が見えん)
「……今、暦では何年ですか? 6346年……あるいは6350年?」
「ふふっ、何言ってるの。今は7796年よ」
「……は?」
固まった。
1500年後? いや、正確には1446年後か。
それだけの歳月が流れたというのか。だとしたら魔王は? 世界はどうなった?
「……魔王は、今どうなっているんですか?」
「魔王? 昔の決戦で討伐されたでしょ。ええと、6150年だったかしら。歴史の先生に聞いてみたら?」
討伐? 違う、封印だ。
私とレオが封印した年、その年号に間違いないはずだが……。
ズキッ、とこめかみが痛んだ。
『次は――1500年後だ』
脳裏に、あの日聞き漏らした魔王の最期の声が響く。
(……そうだ。1500年後に復活する。奴はそう言ったんだ!)
考えを巡らせていると、窓の外がにわかにざわつき始めた。
「なんか……外が騒がしくないですか?」
「ああ、今日は預言者様が告げた“予言の日”なのよ」
彼女は事もなげに言った。
《災厄の復活の日。一つの悪が大いなる空を囲う時、一つの光が同じく復活す》
「魔王なんておとぎ話だけど、預言者様の言葉だけは当たるの。それに“光”っていうのは、勇者の誕生を……」
言い終わる前に、窓の外の空が――暗転した。
世界そのものが光を奪われたかのような、絶対的な闇。
ゾクリと、背筋を撫でる冷たい声が脳を打つ。
『やはり……貴様も来ていたか。また続きをしようぞ――大賢者よ』
「っ……魔王……!」
一瞬で視界が戻る。周囲の者たちはパニックになり、震えていた。
「何今の……本当に予言が……?」
どうやら今の声は、他者には聞こえていないらしい。
「今、何か聞こえましたか?」
「音? 真っ暗にはなったけど、何も聞こえなかったわよ?」
確定だ。魔王は復活した。
そして予言にある“光”――勇者も、同時に。
私は覚悟を決め、カーテンを勢いよく開けた。
そして、絶句する。
「なん……だと……?」
窓の向こう。世界の景色が、完全に作り変えられていた。
かつての荒野は消え、見たこともない様式の建物が並んでいる。
「お城? 何百年もあんな感じよ。君、本当に変な子ね」
呆れ顔の女性が自己紹介した。「私はミライよ。よろしくね、ルーシュ君」
軽く会釈して、私はその場を飛び出した。
(話にならん……自分の足で情報を集めるしかない)
「分身――加速」
パチン、と指を鳴らす。
指先で一瞬にして魔法陣を空中に描き、そのまま起動させる。
私が編み出した、詠唱を介さない特殊発動法だ。
放った分身に外の情報収集を任せ、私はまずこの場所を調査した。
結果は、最悪だった。
(……ここ、私が創設したギルドじゃない)
私の石像もなければ、あの大階段もない。代わりにいるのは、浮ついた様子の若者たちばかり。
門扉までたどり着き、そこに掲げられた看板を見た瞬間、私は頭を抱えた。
《RVR SCHOOL》
(学校になってるだと……!?)
せめて“レイシュルト・ヴィ・ルーシュ”の略であってくれと願ったが、添えられた正式名称は『Reverence Violet Royal』。掠ってもいなかった。
肩を落として城へ向かおうとすると、即座に重装の騎士たちに囲まれた。
「何事だ」
声を低くして問うが、彼らは迷わず身構える。
「身元不明者だ。おとなしくついてきてもらおう」
「理由がない。失礼する」
強引に足を踏み出そうとした瞬間、ジャキッと二十近い剣が一斉に抜かれた。
「……後悔するぞ?」
「ああ?」
パチンッ。
指を一つ鳴らす。空気が爆ぜ、騎士の半数が木の葉のように吹き飛んだ。
「次は……殺るぞ」
構えた指先から漏れる魔力に、騎士たちの顔から血の気が引く。
その時だった。
「これはこれは……物騒ですねぇ」
奥から一人の男が現れた。
にやけ顔に猫背、見るからに胡散臭い空気を纏っている。
「王国大臣、クルムと申します」
男は騎士たちを制し、私に向かって深く頭を下げた。
「本当に失礼いたしました、ルーシュ様」
「……私の名を知っているのか?」
「ええ、それはもう。失礼ですが……今、何百歳になられましたかな?」
にやりと笑うその目は、完全に確信している。
「知っているなら説明しろ。ここはどこだ、世界はどうなっている」
「いえ、それは私ではなく――“上”の仕事でして」
クルムと名乗った男は、「こちらへ」と手で奥を促した。
(食えない奴だ……)
だが、今の私には圧倒的に情報が足りない。
魔王復活の真実。光の勇者の行方。そして、空白の1500年。
その答えは、この先に待っている。




