暇な日・・・もう打ち上げ?
~暇な日と最高顧問の取引~
一夜が明け、座学も終わり昼からの前衛組は。
「トーナメントもあと2戦を残すだけとなったぁ!」
今日もデン君は元気いっぱいだ。
本日は《リリスVSイリュウ》の試合が行われる日。急なトーナメント開催や、アーサーが本調子で戦えない事情もあり、3位決定戦は行わないことに決まっていた。そして、イリュウの希望で、決勝戦は明日に延期されることになっている。
「ここまで難なく勝ち上がってきたリリス選手と、昨日の戦いが不明なイリュウ選手の対戦です。メロさん、この試合はどう見ますか?」
解説者のメロが口を開いた。
「リリス選手はまだ本気を出していない部分がありますし、戦い慣れていないところが少し心配ですね。油断して足元をすくわれないようにしていただきたいです。それに比べ、これまで静かで実力がわかりにくかったイリュウ選手ですが、昨日の戦闘の傷がどの程度残っているかが勝敗の鍵になりそうです」
イリュウはほとんど回復したようだった。昨日の約束通り、俺が声をかけた際、そう教えてくれたのだ。
試合会場を離れ、俺は調べたいことがあったので図書室に向かっていた。その途中で——
「ルーシュ、なんでこんなところにいるの?」
振り向くと、そこにはリリスが立っていた。
「少し、調べたいことがあってな」
軽く返したつもりだったが、リリスの目つきが険しくなる。
「なんでよ。私の戦い、見てくれないの? 見ても意味ないってこと?」
(……ミスった。返事を間違えたか? 面倒なことになりそうだ)
「いや、そういう意味じゃないんだ。ただ、どうしても今やらなきゃならないことがあってな……」
言い訳が苦しい自覚はあった。
「こんな時に? ルーシュ、私が戦ってるのに見てくれないなんて嫌だ。ちゃんと観戦してて!」
(困ったな……面倒な展開になってきたぞ)
その時、不意に別の声が割り込んだ。
「こんなところにいましたか。私がお願いしたことも果たせないのですか、ルーシュ君?」
その厳かな声の主は《最高顧問アリゾナ》、髭が特徴の人物だった。
「え? あ、すいません。少し話していたもので……」
(ナイスだ、髭! たまにはいい仕事するな)
リリスはむくれたまま肩をすくめた。
「もう……仕方ないわね。でも、決勝はちゃんと戦ってね? 本気で来て。絶対、負けないから」
そう言い残して、リリスは不機嫌そうに戻っていった。
「助かったよ。感謝する」
「何か事情があるのでしょう。あなたに恩を売っておくことは、いずれ役に立ちそうですからね」
「そういうところ、嫌いだわ」
「声に出てますよ?」
「おっと……!」
急いで図書室に向かおうとする俺を見送りながら、アリゾナ顧問は静かに笑っていた。どやされる前に足早にその場を離れる俺の姿は、きっと逃げ足の早い獣のようだっただろう。
~禁書棚の出会いと天才の執着~
静かな図書室の一角で、俺は重い古書をめくっていた。ページの端から漂うインクの匂いと、どこか異質な手触りに眉をひそめる。
「歴史に魔法学の発展、魔物の状況、地図……」
目を通すほどに違和感が募る。
「本当にここは俺のいた世界なのか? 読めば読むほど、まるで別の世界に迷い込んだような……」
ふと、背後に何かの気配を感じた。鋭く視線を向け、声を低く響かせる。
「誰だ? 何をしている?」
暗がりから姿を現したのは、学園成績1位の男――スザク。
「お前こそ何をしている。ここは禁書棚だぞ」
冷ややかな瞳が俺を睨む。
(俺が読んでいたのは、閲覧禁止の書物だった……)
少し考え、俺は虚勢を張ることにした。
「俺はアリゾナ最高顧問に言われてここに来ただけだ」
そう――これは真っ赤な嘘。けれど、ついさっきアリゾナに助けられたのを幸いとする。
「お前こそ、こんな時間に何してるんだ? まさか……サボりか?」
俺の問いに、スザクは一歩も引かず冷静な口調で答えた。
「お前には関係ない。俺が学ぶことはもうほとんどない。それに今は授業が始まって間もない時間だ。むしろ、お前が禁書棚に入るところを見つけたから追ってきただけだ」
(……追われてた? いつの間に? 全然気づかなかった。さすがだな、油断ならねえ奴だ)
「俺はただ、頼まれて書物を一冊取ってこいと言われただけだ」
適当に誤魔化しながら、俺は棚の隅から古びた本を一冊抜き取る。
(面倒くせえ……。本当はこのままここでゆっくり調べ物をしたかったのに)
だが、そんな俺の心中を察したように、スザクが意外な提案をしてきた。
「……まあいい。俺もここで少し本を読もう。お前と一緒にサボるのも悪くない」
(……何!? こいつ、こんなキャラだったのか?)
「おいおい、成績1位の天才がこんな場所でバレたらマズいんじゃないのか?」
俺が皮肉交じりに言うと、スザクは鼻で笑った。
「ここに入るのは難しいが、見つからないようにするのは簡単だ。お前が黙っていればの話だがな」
「……なら、バラしちゃおうかな」
「無駄だ。お前はもう共犯者だ。おとなしく読みたい本でも探しておけ」
(クソ……。ムカつく奴だな。でも、こいつの案に乗るのも悪くないか)
「わかった。ただし、絶対に本を持ち出すなよ」
俺は釘を刺し、二人で黙々と禁書棚の書物を漁り始めた。
1時間後。
「スザク、そろそろ行くぞ」
そう言うと、スザクは本を閉じて立ち上がった。
「ふん、仕方ない。今日はこれで終わりにしてやる。またここに来る時は俺を誘え。絶対だぞ」
言いたいことだけ言って、スザクは食堂に向かって去っていった。
「……なんて自分勝手な奴だ」
呆れながら俺も立ち上がり、試合会場へ戻ることにした。
~予期せぬ打ち上げパーティー~
会場に戻ると、そこには誰一人いなかった。静まり返った空間に、嫌な予感が背筋を這い登ってくる。
(おかしい……イリュウのやつ、また何かしでかしたのか?)
焦りに駆られた俺は、控室や医療室を次々と確認したが、どこにも人影は見当たらない。
「……なんだこれは?」
胸の奥で警鐘が鳴る。妙な胸騒ぎが消えないまま、俺は意を決して魔法を使い、学園全体に意識を巡らせた。
(――食堂? 全員、そこに集まってるのか?)
不可解な状況に眉をひそめつつ、俺は急いで食堂へ向かう。廊下を駆け抜けると、扉の向こうから微かに怒号や言い合いの声が聞こえてきた。それに混じる、悲鳴のような不穏な音。
(なんだ? 急がなきゃまずいか?)
俺は迷うことなく扉を勢いよく開いた。
「おい! お前ら、大丈夫か!」
だが――
「おっ、ルーシュ! やっと来たな!」
そこにいたのは、騒乱の気配とは無縁の、のんきな笑顔を浮かべたジャックだった。手には調理器具を持ち、まるで祭りの準備でもしているかのように楽しそうだ。
「お前、肉パーティーとイタリアンパーティー、どっち派だ?」
「……は?」
状況がまるでつかめない俺は、思わず呆然としてしまう。周囲を見渡せば、食堂はパーティーの準備で賑わっている。テーブルの上には山のような食材、楽しげにメニューを議論する生徒たち――まるで何事もなかったかのような光景だ。
「おい、どういうことだ? リリスの試合はどうなったんだ?」
俺が問い詰めると、遠くから泣きそうな声が響いてきた。
「ルーシュ~~~~!!」
(……リリス!?)
振り返ると、そこには目に涙をためたリリスが立っていた。
「ルーシュ~~~、なんで見ててくれなかったのよ!」
勢いよく駆け寄ってきた彼女は、俺の胸に飛び込むように腕を伸ばし、そのまま抱きついてくる。周囲からは「おお~」と冷やかしの声が上がったが、俺はそれどころじゃなかった。
「いや……悪かった、いろいろあって――」
「いろいろ? 何よそれ! 私のことなんてどうでもよかったんでしょ?」
「いや、本当に違うんだって……」
俺が必死に言い訳しようとすると、リリスはぎゅっと俺の制服の襟を掴んで顔を覗き込んできた。瞳は怒っているようで、でもどこか寂しそうでもあった。
「見ててくれないと……意味ないじゃない……」
その小さな声に、一瞬言葉を失う。胸の奥がちくりと痛む。
「……ごめん。本当に悪かった」
ようやく俺が謝ると、リリスはふんっと鼻を鳴らして俺から離れた。だがその頬はまだ少し赤い。
「ちゃんと仇は取ってくるよ」
「……ほんとに?」
「ああ、約束する」
リリスはようやく満足したのか、涙をぬぐってふわりと笑った。
その瞬間、周りのジャックやデンがやいやいと冷やかしを再開する。
「ったく、お前ら……」
俺は呆れながらも、少し安心したようにため息をつく。そのとき、ずっと状況を見守っていたデンが、手を叩いて話を再開した。
「さてさて、これで仲直りも済んだみたいだし、本題に戻ろうか! で、ルーシュ、お前はどっちだ?」
「……どっちって?」
「だから! 肉パーティーか、イタリアンパーティーか、どっちがいいかってことだよ!」
ジャックが腕組みをしてこちらに迫ってくる。その真剣な顔に、俺はなんとも言えない脱力感を覚えた。
「お前ら、本気でそんなことに悩んでたのか……」
「これ、めっちゃ大事なことだぞ?」
「肉かイタリアン……どっちも魅力的だが……」
俺は少し考え、ふとリリスの方を見た。
「お前はどっちがいい?」
リリスは突然の問いに一瞬きょとんとしたが、すぐににっこりと微笑んで言った。
「私は……どっちでもいい。ルーシュと一緒ならね」
その言葉に、周囲がまた一段とうるさく騒ぎ出す。
「おいおい、今のセリフは反則だろ!」
「ぐはっ、こっちまで甘くなりそうだぜ……!」
俺はこみ上げてくる恥ずかしさを必死に抑えながら、肩をすくめた。
「……じゃあ、イタリアンで」
「決まりだな!」
デン君が力強く拳を突き上げ、食堂全体が拍手と歓声で包まれた。
(こんなことで盛り上がるなんて……平和なやつらだな)
「明日のトーナメントお疲れ様パーティーは《イタリアンパーティー》に決定!!」
デンが弾んだ声で多数決の結果を高らかに宣言した。
「イタリアンだってさ。リリス起きて」
俺は疲れたのか隣で眠たそうに目をこすっているリリスを起こす。さっきまで泣きついてきていたせいか、彼女はどこかふわふわとした足取りだ。
食堂の中では、買い出し班、調理班、設営班に分かれて、生徒たちがきびきびと動いていた。打ち上げパーティーに向けた準備は着々と進んでいる――少なくとも、表向きはそう見えた。だが、奥の方にぽつんと動かない影が三つ。
近づくと、その場に沈み込んでいるのは、ジャック、ロック、そしてクシィだった。
一つ目の影、ジャックは、誰もが《イタリアンパーティー》に賛成する中でただ一人反対し続けていたらしい。熱烈な肉派の彼にとって、この敗北は二重の屈辱だったのだろう。しかも、トーナメントの一回戦であっけなく敗退したことが、そのショックをさらに深めているようだ。
二つ目の影はロック。昨日の試合の最中、彼が密かに想いを寄せていた相手が、他の誰かに心を向けていると気づいてしまったらしい。その恋の結末は敗北で、今ではその巨体も嘘のように小さく見える。
そして三つ目はクシィ。彼は試合で惨敗し、戦場から無言で退場した後、誰にも気づかれぬまま倒れていたそうだ。さっきようやく目を覚ましたものの、パーティーの賑わいの中ですっかり忘れられてしまったらしい。
「おい、何してんだよ。そんな格好悪い顔してさ」
俺は笑いながら三人に声をかけた。
「うるせぇ! お前にこの気持ちがわかるかよ!」
三人揃って同時に怒鳴り返してきた。なんだこいつら、妙に息が合ってやがる。
「……仲良しかよ」
自然と口元がにやけた。
「ねぇ、なんかもう終わった雰囲気になっちゃってるけど~」
突然、楽しげな声が背後からかかる。振り向くと、にこにこと笑顔を浮かべたイリュウが立っていた。
「おれ、明日の戦いが楽しみなんだからな~」
「俺もですよ。今日は十分で決着ついたって聞きましたよ?」
俺がそう返すと、イリュウはいたずらっぽく笑った。
「9分13秒ね。君って、なんでそんなに強いの? 噂だと、君の力は規格外らしいね。何か理由でもある?……まるで、君だけ違う世界から来たみたいだよ」
(――こいつも勘が鋭いタイプか)
「どういう意味ですか? 俺はただ、明日全力で優勝したいだけですよ」
「ほら、また妙にかしこまった言葉遣いだ。まあいいや。明日、楽しみにしてるよ~」
笑いながら軽やかに手を振り、イリュウはどこかへ去っていった。
「……本当に苦手だわ、ああいうやつ」
思わず、口からため息と共に言葉がこぼれ落ちた。




