08話 求婚
「サフィール嬢、僕と結婚してください!」
「……っ!」
吃驚してしまいました。
とても嬉しい驚きです。
嬉しすぎて頭がぼうっとして、ふわふわした気分になりました。
ですが……。
私は冷静さを振り絞って、現実的な問題について言いました。
「……アルマンディン様、私、爵位を継げなかったら平民になります。私が平民でも良いのですか……?」
「かまいません!」
アルマンディン様は真剣な表情で、私に言いました。
「ぼ、僕、文官の試験を受けようと思っています。勉強して頑張ります。文官になれればサフィール嬢を養えます。王宮の文官の給料なら充分やっていけるって、兄が言っていました」
驚きました。
アルマンディン様が、仕事を持つことをお考えだったなんて。
私が驚いて何も言えずに固まっていると、アルマンディン様は不安そうな表情になりました。
「……サフィール嬢、文官の妻になるのは嫌ですか?」
「い、いいえ、そんなことありません。文官は立派なお仕事です」
「あ、あの……、それなら……、ぼ、僕と、け、結婚してくれますか?」
「本当に私で良いのですか? 爵位がなかったら私なんて……何もないのに……」
「サフィール嬢は素敵な女性です。ぼ、僕は、サフィール嬢と結婚したいです。他の人なんて考えられません!」
「……!」
「結婚してください!」
「はい……。私でよろしければ」
私はアルマンディン様の求婚を受けました。
「僕と結婚してくれるんですか?!」
「はい。よろしくお願いします」
「サフィール嬢、あ、あ、ありがとう……! ありがとう……!」
「アルマンディン様……?!」
アルマンディン様は泣き出してしまいました。
私も、急に求婚されて動転していて……。
この場でどう対応すれば良いか解らなくなり、おろおろとしました。
「ア、アルマンディン様、よろしければ、こ、このハンカチを……」
「あ、ありがとう! サフィール嬢、ありがとう!」
◆
「実は私、家出を考えていたのです」
アルマンディン様が泣き止み、私も少し落ち着きを取り戻しました。
私は家族から離れようとしていたことをアルマンディン様に打ち明けました。
「結婚せずにこの家にいて、ルビーの代わりに領主の仕事をしろと両親に言われたのです。だから、逃げようと思いました」
「そんなの逃げて当たり前だよ。行く当てはあったの?」
「いいえ。しばらくはお金を貯めて準備して、市井で家と仕事を探そうと思っていました」
「急にいなくなったりしないでね。何かあったらちゃんと僕に相談して」
「はい。ありがとうございます」
「でも、解らないな……」
アルマンディン様は首を傾げました。
「サフィール嬢が領主の仕事をするなら、サフィール嬢が跡継ぎで良いのに……」
「ルビーをアルマンディン様と結婚させるために、跡継ぎにすることにしたのでしょう」
「それなら最初からルビー嬢との縁談を持って来れば良かったのに。サフィール嬢との縁談を持って来たのはコランダム子爵だよ?」
「あのころは、ルビーには良い縁談がたくさんあったのです。でも全然まとまらなくて……。それで父は、私の婚約者をルビーに与えることにしたのでしょう」
「……やっぱり意味が解らない……」
◆
私とアルマンディン様はすでに婚約していますので、私たちの婚約は継続されているままです。
しかしガーネット伯爵は、我が家で予告したとおり、訴えを起こしました。
コランダム子爵家が急に跡継ぎを変更する件について、婚約の契約違反だと、ガーネット伯爵は国王陛下に訴えました。
コランダム子爵の次女ルビー・コランダムは子爵家当主にふさわしくないという意見も、ガーネット伯爵は国王陛下に奏上しました。
そのガーネット伯爵の意見を、タイタナイト公爵家を始めとする多くの貴族家が支援しました。
ガーネット伯爵に賛同した、タイタナイト公爵家を始めとする貴族家は、かつてルビーとお見合いをした家が中心です。
有力貴族がほとんどです。
私の父、コランダム子爵は、彼らの意見に当然反論しました。
そして国王陛下は……。
「皆の意見は良く解った。跡継ぎの婿として婚約したのに、急に跡継ぎを変えることは、確かに不誠実だ。だが、跡継ぎを変更することは罪ではない。よくあることだ。そこは、相応の補填をして納得してもらうしかなかろう。だが……婚約者を変更しただけで済ませるというのは横暴だ。都合で急に変更したのだから、急な変更で相手に迷惑をかけた分の賠償をすべきだろう」
婚約の契約違反という訴えについては、国王陛下は、コランダム子爵家にやや非があるとご判断なさったようです。
やや非があるのみで、後継者の変更自体は許されることであると。
だからガーネット伯爵家に迷惑をかけた分は金銭で賠償して解決すべきだと。
「子爵家当主の件だが……」
国王陛下は、こちらの問題は随分とお悩みになったようです。
「爵位の継承について親族が異議を申し立てることはあるが……。他家からこれほど多くの異論が出て来るのは初めてだ。しかし、ルビー・コランダムが子爵家当主にふさわしいかどうか、話を聞くだけで判断するのは早計だろう……。」
そして国王陛下は、ご自分の目で確かめようとお思いになられたそうです。
「ルビー・コランダムを連れて来るが良い」




