07話 二人の話し合い
「コランダム卿、悪いが、ルビー嬢には席を外してもらいたい」
ガーネット伯爵が父に苦言を呈しました。
「そもそもの話、何故、作法が未熟なルビー嬢を話し合いの場に同席させたのだ。私は子守りをするために来たのではない」
ガーネット伯爵にとってルビーは眼中になく、父がルビーを同席させたかったのだということを、私は察しました。
今までの話の内容から、ガーネット伯爵はルビーとは話す気がなかったことが知れます。
ガーネット伯爵は、アルマンディン様とルビーとの婚姻を拒否していらっしゃいましたから。
ですが父は、婚約者をルビーに交代するという提案にガーネット伯爵家が応じるものと思っていて、それでルビーを同席させたのですね。
「……」
父はガーネット伯爵に言い返せないまま、執事に命令しました。
「ルビーは具合が悪いようだ。連れていって休ませろ」
「お父様! どうしてルビーが出て行かなきゃいけないんですか?!」
父に食ってかかったルビーを母が必死に窘めました。
「ルビー、お父様にお任せしましょう? ね?」
ルビーを中心とした我が家の醜態を、ガーネット伯爵夫妻は無表情のままで観察していました。
アルマンディン様はルビーには目もくれず無表情で座っているままでした。
アルマンディン様はルビーの為人をもうご存知だったので、ルビーの様子に興味がなかったのでしょうか。
と、私は思ったのですが。
実はアルマンディン様はルビーと目を合わせることを避けていたのだと、後日知りました。
アルマンディン様はルビーに纏わりつかれることに辟易としていて、なるべく関わらないように努めていたそうです。
◆
ルビーが退室して静かになると、話し合いが再開されました。
「コランダム卿、もう一度だけ問う。跡取りをサフィール嬢からルビー嬢に本当に変更するのかね」
やや呆れた調子でガーネット伯爵は父に問い掛けました。
ルビーが醜態を晒した直後ですもの。
ガーネット伯爵が呆れるのは当然です。
父は憮然とした表情で答えました。
「ああ、コランダム家の次期当主はルビーだ」
「こちらは婚約者の交代に応じるつもりはない。契約違反として国王陛下に訴えるがそれでかまわないかね?」
貴族同士で揉め事が起きた場合、国王陛下が裁判をします。
「アルマンディン君を貴族の配偶者にしたいという、ガーネット卿の要望に答えるために、こちらは婚約者の交代を提案したのだ。こちらに非はない」
「残念だよ。では次は王宮で、国王陛下の前で会うことになりそうだな」
「ああ……」
「こちらの話は以上だ。ところで、アルマンディンがサフィール嬢に話があるらしい。時間をとってやってくれないか。このところずっとルビー嬢のお誘いを受けていて、二人は話す時間がなかったようでね。先日も……」
ガーネット伯爵は涼しい顔で、父に鎌をかけました。
「サフィール嬢を招待したら何故かルビー嬢が来たようだ。一体どういう手違いがあったのだろうね。君は何か知っているか?」
◆
「それで、ルビーにブローチを取られてしまったのよ」
ガーネット伯爵が要望してくださったおかげで、ようやく私はアルマンディン様と話をすることができました。
私はブローチの件と、我が家のことをアルマンディン様に説明しました。
「両親はルビーを溺愛しているの。……変な話で、信じられないかもしれないけれど……。この家では、ルビーが欲しがったら、私は何でも差し出さないといけないの」
「じゃあもしかして、僕がサフィール嬢を招待したらルビー嬢が来たのも?」
「ええ、そう。ルビーが行きたがったからよ」
「信じられない話だけど……信じられるよ。ルビー嬢を見たから……」
「両親が末っ子を可愛がるのは、よくある話らしいけれど……。他の家の末っ子はルビーほどおかしくないから、我が家はおかしいと思うの。だから……」
私はおずおずと言いました。
変な家で、変な両親で、変な妹がいると知れたら、婚約破棄されるかもしれないと不安で今まで言えなかったことです。
アルマンディン様が婿養子となって我が家に来てくださるなら、もっと早くに説明しなければいけませんでした。
父が婚約の契約を反故にしようとしているので、私とアルマンディン様との婚約は、すでに破談になりそうな状態ですが。
「もし婿養子として我が家に来たら、アルマンディン様も、ルビーに持ち物を取られてしまうかもしれないわ。両親がルビーの味方だから」
私は小さく溜息を吐きました。
「……ルビーは今、アルマンディン様を欲しがっていて、両親はルビーを跡継ぎにすると決めたから、もう、アルマンディン様が我が家に来ることはないかもしれないけれど……」
「そのことだけど」
アルマンディン様は真剣な眼差しで言いました。
「僕らの婚約の契約が今のまま継続になるのは、五分五分らしい。タイタナイト公爵たちが協力してくれるけれど、裁可するのは国王陛下だから。ルビー嬢がコランダム子爵家の跡継ぎに相応しくないと国王陛下が判断してくださるかどうかは五分五分なんだ。それで……もし、駄目だったときは……」
「私たちは……婚約解消ですよね……」
私たちの婚約は、私がコランダム子爵家の跡取りという前提があればこそ。
私と結婚したら貴族の身分を得られるからこそ、アルマンディン様との婚約は整ったのです。
私が跡継ぎでなくなったら、アルマンディン様は私と結婚する意味がありません。
「いや、あの……」
「……?」
アルマンディン様は急にもじもじとして、目を泳がせました。
何か言いにくいことを言おうとしている様子です。
私はアルマンディン様の言葉を待ちました。
「え、ええと……」
「……アルマンディン様、もしや、お具合が悪いのですか?」
アルマンディン様はうっすらと頬を上気させていて、熱があるように見えます。
「もしやお熱が?」
「い、いや、大丈夫!」
「でも……」
「……サフィール嬢!」
アルマンディン様は私を真っ直ぐに見つめて言いました。
「僕と結婚してください!」




