06話 両家の話し合い
「婚約の件を話し合うために、明日、ガーネット伯爵夫妻が来る。サフィール、お前も同席するようにとのことだ」
私は父に呼ばれ、そう告げられました。
「私も? ルビーは同席するのですか?」
私は父に問い返しました。
これから婚約する当事者のルビーが同席するなら解りますけれど。
婚約解消される私の同席は必要ないと思いましたから。
「ルビーも同席させる」
父はそう答えました。
この時の私はまだ知りませんでした。
ガーネット伯爵は私の同席を望みましたが、ルビーの同席は望んでいませんでした。
ルビーを同席させたのは、父です。
惨事の責任は父にあります。
◆
(アルマンディン様……)
ガーネット伯爵夫妻が我が家を来訪しました。
私の婚約者、いえ、すでに元婚約者になるのかもしれませんが、アルマンディン様も一緒です。
「ようこそいらっしゃいました」
玄関口で私たちはガーネット伯爵一家を迎えました。
妹のルビーも一緒です。
ルビーは母と一緒にいて、母に促されながら拙い挨拶をしています。
ルビーの挨拶は本当に幼い子供のような拙いものでしたが、ルビーは満面の笑顔で得意気でした。
「サフィール嬢、やっと会えた」
アルマンディン様が私にそう言いました。
「後で二人で話そう」
「……話せたら良いけれど……」
アルマンディン様がそう望んでくださっても、ルビーが乱入して来たら私には止められません。
それに私の両親もルビーの味方をします。
両親はルビーとアルマンディン様を婚約させたいのですから、私がアルマンディン様と時間を持つことを良しとしないでしょう。
私は言葉を濁しました。
ですがアルマンディン様は朗らかな笑顔で言いました。
「大丈夫。父に頼んであるから」
――そのとき。
「アルマンディン様ぁ、浮気するなんて酷いです!」
ルビーが、私とアルマンディン様の会話に割り込んで来ました。
「アルマンディン様はもうルビーの婚約者なんですからぁ、お姉様とはお話しないでください!」
そしてルビーは素早い身のこなしで、アルマンディン様の腕に絡みつきました。
「……っ!」
アルマンディン様が驚愕の表情で、二歩、三歩と後退りしました。
ルビーをぶら下げたまま。
「ルビー嬢、離れてください! 手を放して!」
アルマンディン様が悲愴な表情で叫びました。
私も……。
ルビーのこの目も当てられない無作法に、思わず心が現実逃避をしてしまい、天を仰いでしまいました。
「コランダム卿、君は娘さんにどういう教育をしているのだね?」
ガーネット伯爵が厳しい眼差しで、私の父に苦言を呈しました。
母が慌ててルビーに駆け寄り、ルビーを窘めてアルマンディン様から引きはがしました。
「お母様ぁ、アルマンディン様はルビーの婚約者なのに、どうして駄目なんですかぁ? 婚約者がエスコートしてくれないなんておかしいです!」
「まだルビーは正式に婚約していないからよ。これから婚約するのよ。もう少しの我慢よ」
◆
「コランダム子爵、契約を反故にするつもりかね?」
応接室で、話し合いが始まりました。
私とアルマンディン様との婚約を解消して、ルビーがアルマンディン様と婚約するための話し合い。
……と、私は父から聞かされていたのですが。
ガーネット伯爵は納得していないようでした。
「婚約者の交代は契約違反だ。了承できない」
ガーネット伯爵のその言葉を聞いて、私は内心でほっとしました。
ガーネット伯爵が拒否したら、アルマンディン様とルビーが結婚することはありません。
不謹慎ながら、私は内心で密かに喜んでしまいました。
私の状況が良くなったわけではありませんけれど。
父はルビーを嫡子にすると決めたのです。
アルマンディン様がルビーとの縁談を拒否しても、別の誰かがルビーと結婚するでしょう。
爵位を継ぐルビーとの結婚には、貴族の身分が付いてきます。
至らないルビーですが、爵位を継げない次男や三男の令息の中には、ルビーの手綱を握って貴族の地位を得たいと望む者はいるでしょう。
「契約の変更は認めない。コランダム子爵家の跡継ぎの変更も認めない」
ガーネット伯爵は淡々と言いました。
「コランダム子爵家の跡継ぎはサフィール嬢だ。アルマンディンはコランダム子爵家の嫡子サフィール嬢と結婚する。そういう契約だ。変更は一切認めない」
「な……っ!」
父は顔を歪めて反論しました。
「我が家の跡継ぎを決めるのは私だ。跡継ぎに関しては、そちらに口出しされる問題ではない」
「君は何か勘違いをしている」
ガーネット伯爵は泰然として言いました。
「爵位の継承を認めるのは、国王陛下だ」
それはそうです。
そもそも爵位は、国王陛下から与えられるものですから。
ですが、例えば犯罪者であるなどのよほどの瑕疵がないかぎり、現当主の意向通りに爵位は継承されます。
「コランダム子爵家が跡継ぎをルビー嬢に変更するというなら、こちらはルビー嬢が子爵にふさわしくない旨を国王陛下に奏上する」
ガーネット伯爵がそう言うと、父は少し頭が冷えたのか、余裕がありそうな態度で答えました。
「何の根拠もない異論が認められるものか。勝手になされよ」
「考えを改める気はないと?」
「いかに伯爵家といえど、他家の後継者問題に口出しするのは越権行為でしょう」
あちらは伯爵家、こちらは伯爵より格下の子爵家です。
しかし我が家があちらの家から援助を受けているわけではありませんから、不当な要求はお断りすることができます。
「念のために言っておくが、この件に関してはタイタナイト公爵家からも賛同を得ている」
「なんだと?!」
父が顔色を変えました。
タイタナイト公爵家というのは、ルビーの縁談の相手だったスフェーン様のご実家です。
当然タイタナイト公爵夫妻は、ご子息のスフェーン様とお見合いをしたルビーを知っています。
「ルビー嬢を後継者に指名するなら、我がガーネット伯爵家とともにタイタナイト公爵家も、ルビー嬢が爵位を継ぐにふさわしくない人物であることを国王陛下に奏上する。心に留めておきたまえ」
ガーネット伯爵がそう言うと、父は苦虫を嚙み潰したような顔になりました。
――そのとき。
「スフェーン様がまたルビーに意地悪しているんですかぁ?!」
ルビーが叫びました。
ガーネット伯爵と、コランダム子爵である父との会話に、娘でしかないルビーが割り込みました。
無作法で無礼です。
「伯爵様、意地悪なスフェーン様となんか付き合わないでください。あの人とーっても意地悪なんですぅ!」
ルビーは傍若無人にまくしたてました。
私は、少し、意識が遠くなりました……。




