05話 サフィールの絶望
※サフィール視点に戻ります。
「お姉様ばかり優しくされてずるい! ずるい!」
ルビーの欲しがりは、ついに、一線を超えました。
「お姉様の婚約者ちょうだい! アルマンディン様をちょうだい!」
さすがにこれは無いです。
婚約者は物ではありませんから。
「ルビー、貴女はアルマンディン様に追い返されたのでしょう?」
私の代わりにガーネット伯爵家に行って、吃驚するほど早く帰って来たルビーに私は言いました。
ええ、ガーネット伯爵家からの招待を、私はルビーに奪われました。
何の連絡もせず、私の代わりにルビーが行くというのは先方に失礼なことと思いましたが。
両親がルビーの味方をするので、私にはどうにもできませんでした。
そしてルビーは私の代わりにガーネット伯爵家へ行き、追い返され、ヒステリーを起こしています。
「招待したのは婚約者だって言われたもん。話がしたいのは婚約者だから、婚約者じゃないと駄目だって!」
「それはそうよ」
「だからルビーがアルマンディン様の婚約者になる! ルビーも優しい婚約者が欲しい! プレゼントくれる優しい婚約者が欲しい! 欲しい! お姉様の婚約者ちょうだい!」
さすがにこれは両親も許さないでしょう。
と、思ったのですが……。
◆
「サフィール、ルビーと交代してあげなさい」
「は?」
両親も一線を超えました。
「アルマンディン君をルビーに譲ってあげなさい」
「でもお父様……」
私は父に、婚約したときの契約について言いました。
「アルマンディン様は、爵位を継ぐ私の夫となるために我が家に婿入りするのですよ。ルビーと結婚したらアルマンディン様は平民になってしまいますから、ガーネット伯爵家は了承しないでしょう」
貴族の子女は、爵位を継ぐか、爵位を持つ者と結婚するかしなければ平民となります。
私の婚約者アルマンディン様はガーネット伯爵家の三男。
妹のルビーはコランダム子爵家の次女。
二人とも継ぐべき爵位を持っていません。
二人が結婚したら当然、二人とも平民になります。
ガーネット伯爵が三男アルマンディン様を我が家に婿養子に出すのは、コランダム子爵家の爵位を継ぐ私サフィールの夫となればアルマンディン様は貴族となれるからです。
「ルビーが爵位を継げば良い。それならガーネット伯爵も納得するだろう」
「は?」
父が有り得ない事を言ったので、私は思わず変な声を出してしまいました。
「お父様、ルビーは領主となるための教育を何も受けていないのですよ。ルビーが爵位を継ぐのは無理でしょう。コランダム子爵家を没落させたいのですか?」
領主教育どころか、ルビーはまともな礼儀作法すら身に付いていません。
ルビーが勉強をさぼっても、両親はルビーを叱らず甘やかすばかりだったので、ルビーはまともな教育を受けないまま年頃になってしまったのです。
そんなルビーだから貴族令息との縁談が片っ端から破談になったのです。
貴族家の夫人になることすら無理だと周囲に判断されているルビーが、ましてや当主になどなれるはずがありません。
貴族家の当主となったら、王家が主催する公式行事にも出席しなければなりません。
ルビーには無理でしょう。
私には、見えました……。
子爵家当主となったルビーが、王宮からつまみ出される姿が……。
「それに、私はどうなるのですか?」
私は、爵位を継ぐのだからと、今まで厳しい教育を受け、色々なことを我慢してて来ました。
ルビーはいずれ結婚してこの家を出て行くのだから優しくしてやれと言われて、私は色々なものをルビーに奪われて来ました。
これで爵位を継げないとなると、私の今までの努力や我慢は何の意味もなかったことになります。
「サフィール、お前は領主教育を受けていたのだからルビーを助けてやりなさい」
父がそう言うと、母もそれに同意しました。
「そうよ、サフィール。貴女がルビーを助けてやれば良いじゃない。姉でしょう」
父と母は、何を言っているのでしょう?
「無理です。結婚して家を出たら、そちらの家での仕事があります。ルビーの世話をするのは無理です」
「お前がこの家にずっといて、ルビーの面倒を見てやれば良い」
「そうよ、サフィール。アルマンディン君との結婚がなくなったら、サフィールはこの家に残るのだから、ルビーを助けてあげられるでしょう?」
「……」
私は、目の前が真っ暗になりました。
◆
(……逃げよう……)
家族から離れることを、私は決意しました。
もう両親に期待することは何もありません。
両親がルビーを溺愛していて、私を軽んじていることは解っていました。
扱いの差が酷かったですから。
それでも、私を嫡子として認めてくれていると思っていました。
両親にとっての愛娘はルビーだけだったとしても。
両親は私を跡継ぎとして認めてくれていると思っていました。
でも、違った。
両親にとっての私は、ルビーのための使い勝手の良い道具で、ルビーのための踏み台でしかなかったのです。
このまま両親とルビーの奴隷になって一生を捧げるなんて馬鹿々々しいです。
だって私よりメイドのほうが良い生活をしていますもの。
メイドたちは仕事をすれば、その代価として給金を得られます。
働いても何も得られない私より、メイドたちのほうが有意義な人生を送っています。
私は働いても何も得られず、得たものがあっても全てルビーに奪われるのですから。
まあ、衣食住は与えられていますが。
それはメイドたちだって持っているものです。
とはいえ、今は先立つものがありません。
しばらくは大人しくして、家を出るための軍資金を貯めましょう。
私は今まで勉強した知識を総動員して、家出の計画を立てました。
ドレスやアクセサリーを売りましょう。
貴族のドレスはそこそこの値段で売れると聞いています。
いくらくらいになるかしら。
買い物をすると言って執事にお金を用意させて、それをいただいてしまいましょうか。
少しずつ誤魔化して、自分のお金を貯めましょう。
私は今までずっと両親とルビーのために努力して我慢して来たのですもの。
今までの代価として、少しくらいいただいても、神様はきっと許してくださるわ。
だって神様は、私から奪うばかりの両親やルビーのことを許しているのですもの。
大きな商会はお金を預かってくれるとメイドが言っていました。
私もメイドたちのように商会にお金を持っていって預かってもらいましょう。
家を出たら仕事も持たなければいけないわね。
市井のことも調べなければ。
一年くらいあれば家を出る準備を整えられるでしょうか。
(その間に、ルビーはアルマンディン様と結婚するでしょうけれど……)
アルマンディン様がルビーと結婚することを思うと、胸が痛みました。
アルマンディン様はルビーのことを迷惑がっているように見えましたが。
ルビーが爵位を継ぐとなったら、アルマンディン様のルビーへの態度も変わるのでしょうか。
(私が爵位を継ぐ嫡子だったからこそ、整った縁談ですものね……)
私の心は、暗く重く、雨の降り出しそうな曇天のように曇りました。
ですが、これは、考えてもどうにもならないことです。
何の権限も持たない私には、どうにもできないことですから……。
(でも、誤解は解いておきたいわ……)
私はまだブローチの件をアルマンディン様に説明していません。
私がブローチをルビーにあげたと思われているままなのは、心苦しいというか、腹立たしいというか……。
濡れ衣を着せられたままの状態は、納得できないです。
(最後に、一度で良いから、きちんとお話がしたいわ……)
そして私のその願いは、意外と早くに叶えらることになります。
驚くような状況の変化とともに。




