02話 サフィールのブローチの行方
「お姉様ずるい! そのブローチちょうだい!」
「ルビー、これはアルマンディン様から贈られたブローチよ。婚約者からの贈り物だもの。あげられないわ」
「お姉様ばかり婚約者からプレゼント貰ってずるい! ずるい! ルビーにもちょうだい!」
ルビーの縁談がことごとく破談になっている理由は、おそらくルビーの奔放な振る舞いにあります。
両親はルビーの失態を「可愛い」と褒めて、伸ばしてしまいましたから。
ルビーは悪い方向へどんどん伸びて成長してしまいました。
縁談により、家の外の世界との関りが増えたある日、私はそれに気付きました。
あの両親に愛されなくて、私は幸運だったのだと。
そして溺愛されていたルビーは不運で可哀想な娘なのだと。
普通の知性と良識のある両親の下に生まれることが一番の幸運なのでしょう。
しかし毒になる両親の下に生まれた場合、溺愛されて両親の毒をたっぷり受けたほうが人間としておかしくなってしまいます。
なので両親の毒を受けなかった私は少なくともルビーよりは幸運と言えます。
ちゃんと婚約できましたからね。
そういうわけで。
毒になる両親に溺愛されて育ち、たっぷり毒を含んで育ってしまったルビーは、縁談を次々と断わられています。
皆がルビーの強烈な毒に気付き、それを忌避するからです。
家の中では、ルビーは両親に溺愛されていて何でも思い通りでしたが。
家の外では、ルビーは我儘で無知で礼儀知らずな野蛮な娘なので、ルビーを花嫁にと望む者はいないのです。
だからルビーにはまだ婚約者がいません。
当然、ルビーは婚約者からプレゼントを贈られたことが一度もありません。
年頃の娘としては、ルビーはとても可哀想な状況にあります。
「ルビー、お作法のお勉強を頑張ってきちんとした振舞いをすれば、その場で縁談をお断りされたりしないわ。少しは勉強なさい。自分のためよ」
「ルビーの縁談のお相手は意地悪な人ばかりだったわ。お姉様の婚約者は優しくてずるい! お姉様ばかり優しくされてずるい!」
私とアルマンディン様との縁談が持ち上がった当初には、伯爵家の三男である彼をルビーは見下していたのに。
随分と評価が変わったものです。
「ルビーが失礼な振る舞いをしたから先方からお断りされたのよ。きちんと礼儀をわきまえていれば、あちらも礼をつくしてくれるわ。婚約したいなら、ご挨拶とテーブル・マナーくらいはきちんとなさい」
私は度々こうしてルビーを窘めるのですが。
両親がルビーを誉めそやして甘やかすので、私の言葉はルビーに届きません。
作法違反である子供っぽい行動をして、気に入らなければ駄々をこねるルビーを、両親は「可愛い」と褒めて我儘を叶えてきました。
ルビーは駄々をこねれば思い通りになるという成功体験を積んでしまったため、欠点は増長されました。
両親は「ルビーは可愛い」「みんなルビーが大好き」とルビーに吹き込み。
ルビーの縁談を断わった当主たちについては「あの当主は人を見る目がない」と貶め、お相手の令息については「あの令息は性格が悪い」と腐していました。
家の中では、コランダム子爵夫妻である両親に異を唱える者がいないので、感覚が狂ってしまうのでしょう。
わりと放置されていて勉強を強いられていた私と違い、両親はルビーを甘やかすことを楽しんでいるかのようにかまっていましたので、ルビーは両親の価値観にどっぷり浸かってしまっています。
そしてルビーは、とんでもない行動に出ました。
◆
「アルマンディン様ぁ、仲良くしてくださぁい」
その日、私の婚約者アルマンディン様が私に会うために我が家を訪問すると。
なんとルビーは、私たちのお茶の席に乱入して来ました。
「……!」
乱入してきたルビーの無作法にアルマンディン様は驚いたのか目を剥きました。
「ごめんなさい、アルマンディン様」
私は慌てて謝罪を口にすると、席を立ってアルマンディン様にルビーを紹介しました。
「私の妹のルビーよ。ルビー、ご挨拶なさい」
婚約前の両家の顔合わせの昼食会をルビーは欠席していたので、ルビーとアルマンディン様は初対面でした。
私の婚約話が良い感じに進み、両家の家族で顔合わせの昼食会を開くことになったとき。
昼食会ではお行儀良くして欲しいと私がルビーに注意を入れたら、ルビーはへそを曲げてしまったのです。
注意を入れた私への報復とばかりに、ルビーは「だったらルビーは行かない! 私がいなければお姉様は満足でしょ!」と被害者ぶりました。
私としては、自分の縁談をまとめるために、お行儀の悪いルビーがいないほうが都合が良かったので。
ルビーが望むように、私はショックを受けて困っているふりをして「そんなこと言わないで出席してちょうだい」と哀れっぽく懇願したら、ルビーは得意気になり「絶対に行ってやらないから!」とまんまと我儘を言ってくれました。
そして両親はいつものようにルビーのその我儘を叶えたのです。
おかげで両家の顔合わせの昼食会は、何の問題もなく和やかに終わり、私の婚約は無事に整いました。
ですが、そのツケが今、回ってきたようです。
「ルビーですぅ」
ルビーが幼い子供のような雑な挨拶をしました。
私は眩暈がしました。
「……ガーネット伯爵の息子アルマンディン・ガーネットです。ルビー嬢、どうぞよろしく……」
アルマンディン様も席を立って挨拶をしました。
そしてルビーが付けているブローチを凝視しました。
アルマンディン様がブローチを凝視するのは当然です。
ルビーが誇らしげに付けているそのブローチは、アルマンディン様が私にと贈ってくれたブローチですもの。
「……そのブローチ……」




