13話 秘密
「修道院へ行けることになったのぉ!」
領地からルビーに付き添って来た執事とメイドに、ルビーはそう報告しました。
「ルビー様、良うございましたね」
「ご当主様の許可がいただけて本当に良かったですね」
執事とメイドは我が事のようにルビーの修道院行きを喜びました。
随分とルビーに懐いているように見えます。
「両親のことだけれど、今、どういう状況なの?」
私は執事に尋ねました。
両親を物置部屋に閉じ込めたとルビーが言っていましたが、本当なのか確認するためです。
「はい。ご当主様のお心のままに」
執事は意味深に、小暗い微笑を浮かべました。
「私共がしっかり監視しております」
結論から言うと。
ルビーの言った通りのことが実際に行われていました。
使用人たちは私に忖度して、両親を監禁したのです。
私が両親を監禁して罰を与えることを望んでいると、使用人たちは思い込んでいました。
使用人たちにそう思い込ませたのはルビーでした。
ルビーは使用人たちの前でお得意の可哀想な子を演じて、両親を悪者に仕立て上げたのです。
そして使用人たちの心を掴み、ルビーは小さな館の中で君臨していました。
ルビーはもしかすると家政の天才かもしれません。
◆
――お姉様だって仕返しがしたいくせに。
ルビーのその言葉は、私の心に棘のように刺さりました。
――お姉様はなんで手を汚さないのぉ?
ルビーに手を汚させたのは、私なのでしょう。
私が、ルビーにとって両親は毒だと知っていて、ルビーと両親をあの館に一緒に住ませたから、ルビーは手を汚したのです。
私の罪です。
だから私は、ルビーと同じように、自分の手を汚すことにしました。
「お父様とお母様にも、修道院へ行ってもらおうと思うの」
私がそう考えを述べると、ルビーは不服そうな顔をしました。
「それってご褒美じゃないですかぁ」
「ルビーにとってはご褒美でも、お父様とお母様にとっては辛いことなのよ」
「物置部屋よりも?」
「物置部屋よりはマシよ。だからこそ良いの」
「甘すぎるんじゃないんですかぁ?」
「お父様もお母様も見栄っ張りで怠惰だから、修道院での生活は罰になるわ。下級の修道士や修道女は農作業もするの。お父様とお母様には土いじりは屈辱的で辛い仕事のはずよ」
「私、お母様と同じ修道院は嫌ですよ?」
ルビーは王都に近い有名修道院へ行くことが決まっています。
「解っているわ。派手好きなお母様のためには、なるべく田舎の寂しい修道院を探すから安心して」
◆
私はルビーと一緒に領地へ行きました。
ルビーたちが暮らしている小さな館へ。
物置部屋に監禁されている両親に会って、私の決定を伝えるために。
そう、コランダム家当主である私の決定です。
かつて私が父に逆らえなかったように、今度は父と母が当主である私に逆らえないのです。
「ごきげんよう、お父様、お母様」
私が応接室で待っていると、従僕やメイドたちに引き立てられて監禁されていた両親が来ました。
「お元気そうですね」
やつれている両親に対してのこれは、もちろん皮肉です。
「サフィール……!」
「……!」
両親は、私を見た一瞬、目を輝かせました。
溺れる者が藁をつかもうとしているかのように。
ですが私の後ろに立っているルビーの姿に気付くと、絶望の色を浮かべました。
かつての両親はルビーを溺愛していたというのに。
随分とルビーを見る目が変わったものです。
「サフィール、ここから出してくれ」
「サフィール、お願いよ」
みすぼらしくなった両親が、私に哀願しました。
「お父様、お母様……」
私はにっこり微笑んで両親に言いました。
「修道院へ行くなら物置部屋から出してあげます。どうしますか?」
物置部屋に監禁されるより、修道院のほうがマシなはずです。
迷うような質問ではないと思うのですが。
「修道院……」
「そんな……」
両親は悲愴な顔をしました。
信心深く勤勉な者にとっては、修道院は天国に近い素晴らしい場所です。
しかし贅沢を望む者や、怠惰な者にとっては、清貧な修道院は地獄のような場所に思えるらしいです。
修道院と聞いて両親がこの世の終わりのような顔をしたのは、それだけ俗物だということです。
物置部屋に監禁される状況に比べて、どちらを選ぶか迷うほど、両親にとって修道院は酷い場所のようです。
「強制はしません。修道院が嫌だというのであれば、どうぞ今のまま、この館でお過ごしください」
私がそう言うと、両親はがっくりと項垂れました。
「解った。修道院へ行こう……」
「行くわ……」
両親は修道院へ行くことを承諾しました。
表向きには、両親は自ら望んで修道院へ行ったことにしました。
両親は貴族社会で信頼を失っていて、公爵家を始めとする有力貴族にも疎まれていますから、今更何か出来るとは思いませんが。
一応、念のため、両親には被害妄想と虚言癖があると修道院に説明しました。
監禁されていたことや、脅迫されて修道院へ入ったことを両親がしゃべったとしても、妄想として対処してもらうためです。
そのため修道院には多めに寄付をしました。
◆
「修道院へ行くことを望むなんて、ご両親はサフィール嬢への過去の仕打ちをきっと反省しているんだよ」
両親が修道院へ行ったことを、私はアルマンディン様に話しました。
両親は自ら望んで修道院へ行ったという表向きの話を。
隠し事をすることは気が引けましたが。
私が画策して両親を修道院へ送ったことも、ルビーが両親を館で監禁していたことも、墓場までの秘密です。
「反省して後悔しているからこそ、ご両親は神に祈る清貧な生活を選んだんだと思う」
アルマンディン様は明るい笑顔で言いました。
「そうだったら嬉しいけど」
「きっとそうだよ」
「そうかしら」
私たちは他愛のない会話をしました。
「サフィール嬢、その……」
アルマンディン様が少し不安そうな顔をして、私に問い掛けました。
「結婚式にルビー嬢を呼んで大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。ルビーは修道院で常識を学んだの。両親から離れたのが良かったのよ。もう以前のようなことはしないわ」
「そうなの?」
「叔母様がルビーに付き添ってくれるから大丈夫よ」
「それなら良いんだけど。スフェーン様や王子殿下たちも来るから、作法に気を付けるようルビー嬢に伝えておいて」
「解ったわ。ルビーに伝えておくわ」