11話 地獄のルビー
「ルビー、どうやって来たの?」
私はルビーを領地の館に幽閉しているわけではありません。
ですがルビーと両親が暮らす館の管理を任せている執事に、何かあれば私に報告するようにと言いつけてあります。
「馬車で来ましたよ。当たり前じゃありませんかぁ」
「一人で?!」
「執事とメイドと一緒ですよ。私一人じゃ王都に来れませんからぁ。当たり前ですよぉ」
「執事も来ているの? 執事を呼んで」
執事ならこの状況を説明してくれると思いました。
ですがルビーは私の要望を却下しました。
「私がお姉様とお話をするのに邪魔だからぁ、執事とメイドには他の部屋で待っててもらってますぅ」
ルビーはそう言うと、鋭い視線でキッと私を睨みつけて叫びました。
「お姉様はずるいです! 良いもの全部独り占めにして!」
ああ、また、ルビーのいつもの欲しがりが始まるのね。
私が貴族で優しい婚約者がいるから、ずるい、ちょうだい、って言うのね。
と、思ったのですが……。
「私にゴミを押し付けて!」
「……?」
はて、と、私は首を傾げました。
私はルビーにゴミを押し付けた覚えはないのですが……。
「ルビー、ゴミって何?」
私が問うと、ルビーは嫌そうに眉を歪めて答えました。
「お父様とお母様のことに決まってるじゃありませんかぁ!」
「……」
両親は毒ですので、ゴミという表現を否定するのは難しいです。
「……でも、お父様もお母様もルビーには優しいでしょう?」
「優しくないです! 何も教えてくれなかったですから! 虐待です!」
ルビーは憤怒の形相でまくしたてました。
「牢屋で言われました。私は悪くないって。ぜんぶ親が悪いって。もっと勉強したほうが良いって。でもあんなゴミと一緒に住んでたら勉強なんてできません!」
「でもルビーはお勉強が嫌いでしょう?」
「悪いことしても甘やかすのは虐待だって牢屋の人が言ってましたよ! 本当なら親が牢屋に入るべきだって! 私は悪くないって!」
「確かにそうだけれど……」
「お姉様はあんなゴミを私に押し付けて、どうして意地悪するんですか!」
「ルビーはもう貴族ではないから、お勉強をする必要がなくなったのよ。ルビーはもう王宮に行ったり貴族とお付き合いしたりすることは無いもの。気ままに暮らして良いのよ?」
「お姉様は勉強したじゃないですか!」
「私は勉強させられていたのよ。跡継ぎとして厳しく育てられたの」
「お姉様ばかり勉強してずるい! お姉様ずるい!」
「ずるくないわよ。私は毎日毎日お勉強させられて、必要以上に厳しく躾られて、叱られて、楽しいことなんて一つもなかったわ。毎日遊んでるだけでチヤホヤされてたルビーのほうがずるいわよ!」
「お姉様だけ勉強してみんなに褒められてずるい! ずるい!」
「じゃあルビーも勉強すればいいじゃない!」
「ゴミが邪魔するから勉強なんてできませんから! お姉様がいらないゴミを私に押し付けたせいです! お姉様だけ良いもの独り占めして! 私にはゴミを押し付けて! お姉様ずるい! ずるい!」
ルビーはそう叫び散らすと、ふっと、歪んだ笑みを浮かべました。
そして吐き捨てるようにして言いました。
「まあ、うるさいゴミは、閉じ込めてやりましたけど……」
「え……?」
◆
過日。
ルビーは王宮で王子に無礼を働き、一日牢に入れられました。
そして調査官に取り調べを受けました。
最初は厳しい態度だった調査官は、ルビーが本当に無知であることをだんだんに把握しました。
「王族の体に触ってはいけないことくらい、貴族なら小さな子供のうちから教えられていることだ。本当に知らなかったのか?」
調査官は最後には、ルビーの無知に同情したそうです。
「本当なら牢に入るべきは君の両親だな。親がちゃんとしていたら、君はこんなことにならなかった」
「親のせいなの……?」
「ああ、そうだ。常識や作法を教えずに王宮に連れて来るなんて、捕らえてくださいと言っているようなものだ。無責任な親だ」
「無責任……?」
「まともな親は、未熟な子供を王宮に連れて来たりしないんだよ。王宮で無礼を働いたら子供でも許されない。罰を受ける。だから作法が未熟な子供は連れて来ない。貴族なら誰でも知っていることだ」
「私が罰を受けることを……お父様は知っていたの……?」
「知っていたはずさ。貴族なんだから。未熟な君を王宮に連れて来るなんて虐待と同じだ……。未熟な娘を王宮に連れてきたのは親、失敗したのは親だ。だが、こうして罰を受けるのは、親に連れられて来た君だ。……君が牢に入るよう導いたのは、君の親だ」
ルビーは生まれて初めて、武官に捕縛されるという暴力を受け、牢に入れられるという辛い経験をしました。
暴力を受けたといっても怪我をしたわけでもなく、牢に入れられたといっても一日だけです。
たくましい庶民の大人であれば「やれやれ酷い目にあったなぁ」くらいに流せる出来事だったかもしれません。
ですがルビーは甘やかされて育った貴族の娘でした。
ルビーにとってその経験は、地獄の最果てを見るような最低最悪なものでした。
その地獄でルビーは調査官に滾々と諭されました。
そして理解したのです。
その恐ろしい地獄にルビーを導いたのは、笑顔の両親であったことを。
◆
「本当ならお父様とお母様が牢屋に入るべきなんです。優しい顔して、私をあんな酷いところへ連れて行ったのはお父様とお母様だもの。お父様は一日だけ牢屋に入りましたけどぉ、足りないです。だから……」
ルビーは凄惨な笑みを浮かべました。
「お父様とお母様を、物置部屋に閉じ込めてやりましたぁ」
私から持ち物を取り上げたときにいつも浮かべていた、得意そうな笑顔でルビーは言いました。
「最初は騒いでましたけどぉ、ちょっと鞭で打ってやったら大人しくなりましたよ」
「……え? え?」
私はルビーの突拍子もない話が理解できませんでした。
言っていることは解るのですが、その状況が突拍子もなくて頭が混乱しました。
「ルビー、貴女、お父様とお母様を監禁したの?」
「そうですよ」
ルビーは愛らしい美貌に、暗い微笑を浮かべました。