01話 搾取されるサフィール
私はコランダム子爵家の長女サフィール・コランダム。
私には一歳年下のルビーという妹がいます。
妹のルビーは華やかなストロベリー・ブロンドに珍しい紅色の瞳で、奇跡的に両親の良い部分だけを受け継いだ美しい容姿をしていました。
皆に可愛いと言われ、天使ちゃんなどと呼ばれることもある美少女の妹です。
両親は妹ルビーを溺愛しています。
しかし……。
「お姉様ずるい!」
妹のルビーは、私にとっては強欲の悪魔でした。
何故ならルビーは、いつも私の持ち物を欲しがり奪うからです。
「お姉様は綺麗な髪飾りを持っていてずるいずるい! ルビーにちょうだい!」
「これは私のよ。髪飾りはルビーも買ってもらったでしょう」
「そっちのほうが良い!」
「これは私が選んだものよ。ルビーも自分が好きなものを選んだでしょう」
「お姉様の意地悪!」
私が断ると、ルビーは私を悪者にして両親に泣きつきます。
「お父様、お母様! お姉様が意地悪するんですぅ!」
そして両親がいつものように、私を叱ります。
「サフィール、お前はこの家を継ぐが、ルビーはいずれ結婚してこの家を出るんだ。少ししか一緒にいられないのだからもっと優しくしてあげなさい」
「そうよ、サフィール。ルビーは家を継げないのだもの。可哀想でしょう。髪飾りくらい譲ってあげなさい」
両親はいつもこの調子で、ルビーを甘やかす一方で、私に我慢を強います。
そして母はいつも余計な一言を言います。
「それにその髪飾り、サフィールよりルビーのほうが似合うわね」
母に褒められてルビーは笑顔。
そして私は無言になります。
「……」
そう、母はいつも私の容姿を貶めて、ルビーの容姿を褒めます。
私が祖母に似ていて、ルビーが母に似ているからでしょうか。
古くからいるメイドが私に教えてくれました。
父方の祖母、前コランダム子爵夫人は、嫁いできた母を厳しく躾けたのだと。
だから母は、祖母に似ている私に、祖母を重ねていて、苦手に思っているのではないかと。
母は私のことを嫌いなわけではなく、祖母が苦手なだけだから、気にすることはないとメイドは私を励ましてくれました。
母がそれで私を苦手に思っているとしても、父も母に同調してルビーを甘やかして私を虐げているのは意味が解らないのですが。
だって私は、父の母に似ているはずなのに。
父は自分の母が苦手だったのでしょうか?
ともあれ。
長女である私は、後継者として厳しく育てられました。
そして妹のルビーは甘やかされて育ちました。
ルビーは妹で家を継げないから、いずれ結婚してこの家を出て行くので十数年しかこの家にいられないから、と、両親がルビーを甘やかしたので、ルビーは我儘放題に育ちました。
ルビーはいつも私の持ち物を欲しがるので、私はいつも持ち物を取り上げられました。
両親に溺愛され甘やかされているルビーを、幼い頃の私は羨んでいました。
私の持ち物を奪って行くルビーを憎んだこともあります。
ですが、悪いのはルビーではなく両親なのだと気付きました。
それに私が気付いたのは、私たち姉妹が年頃になり縁談が持ち上がるようになってからです。
◆
「ルビーのお相手のスフェーン様は公爵令息なの。とってもご優秀なんですって」
私たちが年頃になると縁談が持ち上がりました。
ルビーは私より一歳年下ですが、私の縁談が持ち上がると、両親は同時にルビーの縁談も探し始めて、あちこちに釣り書きを送りました。
もちろんルビーの縁談は、爵位を継げる嫡子との縁談で、私の縁談の相手より格上の相手ばかりでした。
「結婚したらルビーは公爵夫人になるの」
ルビーは縁談の相手を私に自慢しました。
「そう。良かったわね」
私は荒野のスナギツネのような虚無の表情でルビーに相槌を打ちました。
「お姉様の縁談のお相手のアルマンディン様は伯爵家の三男なんですってね。私のお相手スフェーン様のほうが格上ね。スフェーン様は公爵家の嫡子ですもの」
「そうね」
「スフェーン様は王子様とも仲が良いんですって。結婚したらルビーも王子様とお友達よ!」
「良かったわね」
私はコランダム子爵家の嫡子なので、ゆくゆくはコランダム女子爵となります。
私の夫はコランダム子爵家の婿養子となるので、身分の釣り合いが取れる家のご子息ならそれで良いのです。
ルビーは嫁ぐ立場なので、お相手の爵位は高ければ高いほど良いのでしょうけれど。
ですが……。
ある程度は予想できたことですが……。
ルビーの、公爵令息スフェーン様との縁談は、破談になりました。
◆
スフェーン様との縁談が破談になった後も、ルビーは何件もの有力貴族の子息とお見合いをしました。
それらは片っ端から破談になりました。
ルビーは美少女です。
そのため絵姿を添えた釣り書きを送れば良い返事が来ます。
絵姿が実物より良く描かれていることは常ですが、華やかなストロベリー・ブロンドに珍しい紅色の瞳の天使のような美少女、ルビーの絵姿に、大抵の者は興味を持つのです。
ですが、顔合わせをした途端に破談になってしまいます。
最近は、釣り書きを送った時点で断りの返事が来ます。
何件ものお見合いをして、あちこちの有力な家にルビーの為人をお披露目してしまったせいでしょう。
ご夫人たちのお茶会などでルビーのことが話題になっているかもしれません。
最近はルビーの縁談の相手は伯爵家以下の子息にグレードダウンされています。
ルビーは子爵家の娘ですから、伯爵家以下の家なら身分の釣り合う相手です。
それが釣り書きを送った時点で断られるということは、おそらく、先方はルビーのことをご存知なのでしょう。
ルビーがどういう人物かを知っていたら、ルビーを女主人にと望む家があるとは思えませんもの……。
「サフィールお嬢様、ガーネット伯爵令息よりお花が届いております」
「まあ!」
その一方で、私の縁談はすんなりと決まりました。
私はガーネット伯爵家の三男アルマンディン・ガーネット様と婚約しました。
婚約者となったアルマンディン様は私と同い年で、優しくてとても良い人です。
私は、家族が異常なので……。
もしかしたら、普通の人であるだけで、優しくて良い人に思えてしまうのかもしれません。
ですが好感が持てる人と婚約できたことは幸運だと思います。
私はアルマンディン様に会うことが楽しみでなりません。
彼に会い、彼と話をすると、心が浮き立ちます。
私はアルマンディン様と結婚できる日を心待ちにしています。
ですが破談が続いているルビーを刺激しないように、婚約者との仲が良好であることを表に出さないように気を付けました。
ルビーは私が大切にしているものや気に入っているものを奪いたくなるようですので、私は好きなものは隠すようになっていました。
家族の食卓で、婚約者とは上手く行っているのかと両親に話題を振られても、「問題はありません」と必要最小限の事務的な答えを返すことにしています。
ですがついにルビーに見つかってしまいました。
アルマンディン様が私にと、贈ってくれたブローチが。
「お姉様ずるい! そのブローチちょうだい!」




