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軍艦モノ

海に翔る鋼の翼 ―航空機動艦隊、大鵬出撃ス―

作者: 仲村千夏

 昭和十五年、帝国海軍の将星たちは、ひとつの賭けに出た。


 それは、かつての「主力艦=戦艦」という常識を覆し、航空機こそが海戦を制するという、新たな戦略思想への全面転換である。


 マル③計画。この名のもとに策定された新海軍整備方針は、従来予定されていた大和型戦艦二隻の建造を白紙撤回し、その工廠能力・装甲資材・出力機関すべてを「空母」に振り向けるという、当時としては大胆な方針転換だった。


 その中心に据えられたのが、重装甲空母“大鵬型”である。


 起工は昭和十五年六月。艦名は「大いなるおおとりのごとく、太平洋を翔ける空母たれ」との願いを込められた。第一号艦“大鵬”と、続く第二号艦“瑞鵬ずいほう”。どちらも基準排水量四万五千トン、飛行甲板には装甲鋼板を全面に施し、その厚さは百二十ミリに達した。


 この甲板装甲は、英海軍の装甲空母イラストリアス級と並ぶ堅牢さを誇ったが、それに加えて日本艦の利点として、格納庫が開放型の二段構造となっており、最大で百十機以上の艦載機を搭載できた。烈風、流星、彗星、そして新たに開発された局地戦闘機“震雷”。それらが蒼穹を埋めるように搭載されていた。


 艦内の航空機整備区画は従来より二割広く、格納庫下層に配された弾薬庫・航空燃料庫も防火区画を兼ねており、爆風の逆流や延焼を防ぐ工夫が随所に施されていた。機関出力は二十二万馬力、最大速力は三十二ノットに達し、随伴する新鋭駆逐艦や高速戦艦との機動統一を念頭に設計されていた。


 同年、陸海軍の航空研究所は念願の二千馬力級エンジン“誉甲型”の実用化に成功し、零戦の後継たる烈風が量産化に入った。これにより、海軍航空隊は従来の旋回戦中心から、一撃離脱と高度な編隊戦闘を可能とする高高度・高速迎撃戦術へと進化を遂げる。


 その成果は、昭和十六年春。帝国海軍が初めて実施した航空機動艦隊による遠距離模擬作戦で明らかとなる。


 舞台は南方仮想敵国領近海。作戦参加艦隊は“大鵬”、“瑞鵬”を中核とする機動部隊第一群。これに新型高速戦艦“榛嶺しんれい”型四隻が随伴し、防空と水上砲戦支援を担う。さらに、改翔風型と呼ばれる汎用駆逐艦八隻が護衛を固めるという、徹底した航空打撃主導型編成である。


 作戦開始とともに、大鵬型空母の広大な飛行甲板からは次々と艦載機が発艦してゆく。


 先行して飛び立つのは、震雷三個中隊。高度八千メートルにて空域確保を担当する。続いて、烈風四個中隊が雁行編隊を組み、敵艦隊の迎撃を抑え込む。その直後、流星および彗星による雷撃・急降下爆撃隊が整然と空を翔けた。


 空母艦内では、次発艦隊の準備がすでに進行していた。昇降機が途切れることなく機体を甲板へと持ち上げ、整備員と兵装係が黙々と任務をこなしてゆく。


 「第八中隊、流星一一一号機、魚雷装填完了!」


 「烈風四五号、燃料補給完了、出撃待機中!」


 艦橋の指揮所にて状況を見守るのは、機動部隊司令・南雲長官の後任に任ぜられた若き中将、宮島邦久みやじま・くにひさであった。かつては艦爆隊の指揮官として鳴らし、戦術運用においては最前線で知られた人物である。


 「総員、よくやってくれた……。今の我々には、戦艦も巨砲も必要ない。必要なのは、鋼の翼と、空を支配する意志だ」


 その声に、飛行隊長以下の士官たちは無言で敬礼を返した。


 模擬演習の結果は、驚異的であった。


 大鵬・瑞鵬の航空隊が発艦から帰投、再出撃までの一連行動を三十五分以内に完遂し、敵空母隊(仮想)を一時間以内に“全滅”判定とする結果を叩き出したのだ。


 さらに注目されたのは、敵の航空攻撃を受けた際の防御力である。


 模擬の爆弾命中位置を示す訓練用発煙装置が、甲板装甲上に命中を示したが、航空隊は即座に消火活動を完了し、十五分後には再発艦可能という驚異の回復力を示した。


 大鳳型の末期的な被弾沈没、翔鶴型の甲板貫通大爆発といった過去の痛恨が、いまや技術と思想で乗り越えられたことを証明した瞬間だった。


 演習を終えた大鵬型二隻は、直ちに「機動航空戦艦隊」の中心艦として艦隊編制に組み込まれることとなる。


 第一機動艦隊“大鵬”

 第二機動艦隊“瑞鵬”

 随伴艦隊:高速戦艦“榛嶺”型×4

 汎用駆逐艦“翔風”型×16

 補給艦“蒼雲”型×4(全て艦載機用の燃料・弾薬特化)


 この艦隊は、翌年の南方作戦“風影”において、わずか四日で仮想敵港湾三ヶ所、航空基地五ヶ所を無力化し、敵艦隊を接近すら許さぬまま撃退するという、まさに“空による海戦の勝利”を体現してみせることとなる。


 その影響は、米英の観察武官たちに多大な衝撃を与えた。


 「日本海軍は、ついに“海の巨砲主義”から脱却した。今や彼らは空を制する者こそが、海を制することを知っている」


 そう評したのは、後にミッドウェイ級空母の設計を担うことになる、米国海軍工廠の技術将校アレン・グラント大佐である。


 だが、それはまだ序章に過ぎなかった。


 大鵬型を中核とする日本機動艦隊は、すでに次なる段階――三番艦“翔鵬”の建造に着手していた。そこには、さらなる新技術――蒸気カタパルト、電探照準システム、そして新たな三千馬力エンジン搭載の艦上戦闘機が、待ち受けていた。


 空母こそ、帝国の未来。


 鋼の翼は、いまなお蒼穹の向こうを目指して翔ける――。

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