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第二章 導きの尻尾

朝。寝苦しさで目が覚めた。


俺の腹の上には——猫が乗っていた。


昨夜、あれほど願ったのに、俺の祈りは届くことはなかったらしい。

部屋に堂々と居座ったこの猫は、何をしても動じず、出ていく気配すらなかった。


“まあ、飲まず食わずじゃ、そのうち帰るだろう”

そう思って、追い出すのはあきらめた。

でも、まさか朝まで居るとは——。


早朝4時すぎ。

こんな時間に起こされるなんて思ってもみなかった。

こいつは一体、何を俺に求めてるんだ?


猫って、もっと気まぐれなはずじゃなかったか?

なんでこんなに俺に執着してくるんだよ…。


俺が目を開けた瞬間、猫は「待ってました」とでも言いたげに俺の目を見つめて、ニャーンと鳴いた。

それから、腹の上からふわりと降りる。


そして——


猫は俺をちらっと振り返っては数歩歩き、またこちらを見る。

……まるで「ついてこい」と言っているようだった。


「……わかったよ。そんなに遠くには行かないからな」


猫が何を言いたいのか、気になってしまった。

俺は結局、その小さな背中を追いかけることにした。



外はまだ暗い。

念のために着替えてきたけれど、汗が冷えて風邪をひくほどではない。

空気はまだ重たく、朝というよりは夜の名残が残っていた。


早朝の園は静かで、ママもまだ眠っているのか、物音ひとつしない。


「ママ、ごめん。朝食までには戻るから」


そっとそう呟いた。


今まで、小さなルール違反なら何度もしてきた。

遊びに夢中になって宿題を忘れたり、消灯時間を過ぎても仲間とおしゃべりをしていたり。

夜更かしして朝寝坊、朝食に間に合わなかったことだって、数えればキリがない。


でも——今日は違う。

ちゃんと分かっていて、自分の意思で、勝手に外へ出る。


これは俺にとって“大きなルール違反”だ。

胸の奥で、じわりと罪悪感が広がっていく。

……それでも、猫への興味のほうが勝っていた。


猫は、いつも通りの足取りで坂を登っていく。

高台にある住宅街を、ゆったりとした足取りで抜けていく。


この道は、何度も通ったことのある道だ。

——この先には、大きな公園がある。


猫は、坂道と暑さで重くなっていく俺の足取りに気づいたのか、公園の入口で立ち止まり、こちらを見つめて待っていた。


この公園は、スポーツ施設だけじゃなく遊具もあり、散歩コースも整備されている。

高台にあるため、ベンチに座れば街を一望できる憩いの場所。街でも評判の、人気のある公園だ。


散歩をしている人の姿はチラホラ見えるけれど、まだ朝の5時。

この静けさは、まるで街がまだ夢を見ているようだった。

正直、小学生の俺が1人で出歩くには気が引ける時間帯だ。

大人に声をかけられたり、通報される可能性だってある。


「人の多いところに行かないでくれよ……」


小さくつぶやいて、猫のあとを追う。


猫が足を止めたのは、公園の中でもひときわ眺めがいい、街を一望できる場所——

その名も『見晴らしの丘』だった。


すると、薄暗かった空が、ゆっくりと輝きはじめた。


——日の出だ。


街の輪郭が朝日に照らされて浮かび上がり、すべてが命を吹き込まれたようにキラキラと光って見えた。


……ただひとつ、街の中央にぽっかりと空いた**“あの穴”**を除いては。


美しすぎる街の中に、あまりにも不釣り合いな、巨大な空洞。


まるで、ドーナツの真ん中みたいに空いてる。

街の真ん中だけ、ぽっかりとくり抜かれたみたいだ。



小学校の歴史の授業では「百年前に起きた大事故」だと習った。

あれだけ大きな穴、直すことも埋めることもできず、いまだにそのまま放置されている。

事故の原因もはっきりとはわかっていない。


ネットでは、宇宙人だの、国家の陰謀だのと、根拠のない話が飛び交っている。

でも確かなのは——そのとき数千人の人々が行方不明になったという事実だけだ。


百年も前のこと。

もう遺族も直接の被害者を知る人もほとんどいない。

それでも、こうして目にすると……“あの穴”だけが、この街で時間を止めているように見える。



生まれて初めての日の出を見た俺は、感動のあまり猫のことをすっかり忘れていた。


猫がニャーンと鳴くと、奥の道から一人の女性が歩いてきた。


どこかで見たことがあるような気がしたが、誰だか思い出せない。


女性は猫に向かって「案内ご苦労さま」と声をかけると、猫は足にすり寄ってから、さっさとどこかへ行ってしまった。


「突然呼び出してごめんなさい、神代響。ようやく会えたわね」


名前だけは合っているのに、なぜか心臓が早く鼓動を打っている。


この女性は俺のことを知っているのか?それとも、名前を間違えて呼び出したのか?


――俺は動揺を隠せなかった。



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