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幻影の華  作者: 知瑪坂 斎
第一巻
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第三章 破蕾(一)

 目の前に並べられているこれらは、一体何なのだろう。

 火薬と火矢。そうだ、大量の火薬と火矢だ。人を、殺めるための。

 殺める?誰を、殺そうとしている?

 麓陽村(ろくようむら)の人。村長(むらおさ)を。奥方を。(つばめ)を。

 燕?それは、誰だ?

 友達。初めての、俺の、友達。

 

 

   *  *  *

 

  

 海斗(うみと)は我に帰った。焦点の合っていなかった目はだんだんと正常に戻り、世界を捉え始める。海斗は座敷に正座していた。周りには村長や豪族が真剣な顔で部屋の中心を囲んで座っている。彼らが見つめる先にはおびただしい数の火薬や火矢などの武器があった。赤い紐や塗料を塗られたそれらは座敷の中心にごろごろと転がって、床を赤く染めている。ふと、血の海みたいだ、と思った。

 海斗が麓陽村の秘密を村長に報告した次の日、海青村(かいせいむら)の全ての力を持ってして、大量の武器が集められた。火薬、火矢はもちろん弩や刀などの武器という武器は全てここに集まり、血に濡れるのを待っている。しかし、村といえど海沿いの辺境地である。数は軍のそれには到底及ばす、質も決して良くはない。この村が一日で用意できたものとしては、この量で限界だったが、山沿いの村一つを壊滅させるには十分だ。

 海斗の頭を悩ませているのは燕をどう逃すか、という大きな問題である。海青と麓陽の間に何があったのかは全く知らないがきっと大人達の問題で、子供には何の罪もないだろうと思っている。だから、燕をこっそり助け出して後で村長に頭を下げてお願いすれば、海青に住まわせてもらえるのではないかと考えていた。我が村長が家を失った子供を放っておけない人だということは他ならぬ海斗自身がよく知っている。先決は、燕の救出方法だった。

「今考えている策としましては、まず三割ほどを麓陽村の裏に配置し爆薬を投げさせます。いわゆる火付け役ですね。その轟音を聞いた村民はきっと正門へ我先にと向かうことでしょう。そこで残りの七割の出番です。一斉に火矢を放ち、家や生えている草花を燃やして正門からの脱出を足止めします。その間に爆破隊は村の後方からじりじりと前進し、村民をまとめて葬る、と」

 こんなところでしょうか、と若い頭脳役が年寄り達に質問を仰ぐ。その中の一人が唸った。

「ふむ。大体はそんなところでよろしかろう。しかし、爆破隊を村の裏側に配置するという部分だが、どうやって行かせるのかな。見張り役もいるし、なんせ周りは人の手が全く入っていない森だが」

 頭脳役は質問を予想していたかのように即答する。

「そうなのですが、私達が仕掛けるのは夜です。こちらとしては少し動きづらいですが、裏を返せば明かりがある所に人がいるということです。その上、あんな平和な村に見張り役がいるとしても、せいぜい門の前に二人でしょう。先に暗殺しておけば、格段に動きやすくなります。その後ならこちらが明かりをつけても壁に遮られて村民には気づかれません。森の中も進みやすくなると思います」

 麓陽村は周りを厚い壁で囲われており、門は正門と裏門の二つしかない。それが仇となるわけだ。

 別の豪族が声を上げる。

「なるほど、見張りを殺すなら壁の上に上がれますな。そこから火矢を放てばなかなかの足止めになりましょう」

 確かに足止めくらいなら弓が下手でもいいのか、と海斗は一人感心する。

「でも、七割全てを壁の上に上らせるのは色々危険が伴うのでは?」

 また別のところから声が上がる。頭脳役が思い出したように手を打った。

「ああ、言い忘れていました。七割のうち壁の上に上がらせるのは五割だけです。残りの二割は正門前に待機させます。その約十人ほどは刀の使える精鋭達ですので、火矢をまぬがれて運良く正門を突破した者をその場で斬ってもらいます」

 部屋にざわめきが広がる。その残酷なほどに徹底された死の計画は、それほど我が村長が弔寡族の存在を重く見ていることを示す。皆の目が村長の方へ向かうが、村長は目を閉じ、腕を組んだまま何も言わなかった。

 また声が上がる。

「いやしかし、裏門の方へ逃げようとする者は?あの山を越えた先は完全な弔寡の領地なんだろう?いくらなんでも、そこまでは追いかけられないぞ」

 それを聞いた頭脳役は鼻で笑った。

「ああいう村の小さな裏門というのは、いざという時に村の所有者、つまり()()()()が逃げられるよう、秘密裏に作られたものがほとんどなんですよ。村民が盾になっている間にね。ですから、裏門の存在は一般には知られていないと考えていいでしょう。出口もない上に爆音がしてくる方向に走る馬鹿はいません。相当気が触れた者なら話は別ですが」

 部屋がなんとも言えない静寂に沈む。それが終止符となり、その後いくつかの確認事項と出発日時の告知があったあと、会合は幕を閉じた。仕掛けるのは明日の夜、出発は昼だ。行くのは成人した男のみで、女子供は村に残ることになった。もちろん、海斗も。

 その会合の直後、海斗はなんとか連れて行ってもらえないかと直談判しに村長の屋敷に来ていた。あの作戦だと、一番初めに命を失う可能性が高いのは村長一家だ。どうにか戦いの火蓋が切られる前に助け出さなければならない。

「だから、忘れ物をしたって言ってるじゃないですか!」

「そんなもののためにお主の命を危険にさらすわけにはいかん、諦めなさい」

「あれは母さんの形見なんだ、燃やしたくないんだよ!」

「ならんと言っておる」

 ただのこじつけでしかないと分かってはいる。だが、今はそれくらいしか思いつかない。母の形見を村に置いてきたのは事実なのだが、正直に燕を助けたいなどと言ってしまえば、あとから何を言っても連れて行ってはくれないだろう。それ以前に、焦りという感情が冷静な思考を妨げている。

「頼むよ。誰にも見つからないようにこっそり行くからさ」

 こうなると土下座も厭わず頼み込むしかない。それでも村長は首を縦には振らなかった。

「お主は弔寡が何が分かっておらぬじゃろう。余計に危険じゃ」

 もう何度も聞いたその言葉に嫌気がさした海斗は食ってかかった。

「じゃあ、村長は知ってんのかよ」

 どうせ話に聞いただけなのだろうと思った。なら海斗だって知りさえすればついて行って良いということだ。

 すると、村長は少し考えたあと、ふっと笑って言った。

「では、見てみるか?」

「……は?見る?」

 耳を疑った。その弔寡というものは見るものなのかと頭が混乱する。そんな海斗をよそに村長は人差し指を口にあて、茶目っ気たっぷりに笑った。

「今から見ることを決して誰にも言ってはいけないよ。それを約束できるなら弔寡が何なのかを教えてあげよう」

 そう言う村長はいつもより少し若く見えた。思考が停止した海斗は声もなくただ口を開けて村長を見つめるしかない。村長は真剣な顔に戻り、念を押した。

「約束できるのかね」

「うぇ?あ、は、はい。できます。約束します」

 恥ずかしいほど素っ頓狂な声が口から飛び出たが、好奇心の方が断然勝っていた。

 村長がなぜか手のひらを上に、右手を差し出してくる。握らなければならないのかとおろおろしてしまった海斗だが、想像に反して村長はそのままゆっくりと手を握った。差し出しかけた手を急いで引っ込めた海斗は、生唾を飲み込んで、瞬きするまいと身を乗り出す。村長が握った手に力を込めたように見えた。次の瞬間、海斗は信じられないものを見た。

 ゆっくりと開かれた手の上に大きな赤い薔薇が花開いていく。ぼんやりと光る紅の花弁が少しずつ剥がれて、幾重にも重なり、大輪を構成する。その何枚かは、手からこぼれ落ちてひらりと宙を舞い、床に着いたかと思えば、もともと存在していなかったかのように空気に溶けて消えた。手の平に目を戻せば、開ききった美しい花が燦然とそこにあった。真っ赤な花弁は少し透けていて、重なった中心部分はすこし濃い。その花は手の平の上をゆったりと回転し、その中心から放たれる淡い光は、赤みを帯びた薄い煙のようなものと一緒くたになって花を包み、しばらく漂ったあとに指の間からこぼれ落ちていく。色付きの玻璃(はり)のような花弁が内なる己の光を反射し、きらきらと輝いていた。

 海斗は今自分が見ている光景がどうしても信じられず、助けを求めるように村長を見た。しかし、そこにもまた信じられないものを見てしまった。

 村長の髪が、髭が、目が、手の上の花と同じように赤く染まっていた。髪や髭は歳のためか艶はなく、赤色も少しくすんで灰色がかっている。だが、瞳の色は濃く、三日月の形をした目のなかに赤い玻璃がおさまっていた。まるでさっきの薔薇がそっくりそのまま目になったかのようだ。

 海斗はどう反応して良いのか分からず、なぜか泣きそうになる。

「これが、弔寡だ。海斗」

 村長がそう言った。

 海斗の頭はもうどんな情報も受け付けてはいなかったが、今見ているものが現実だと言うことは理解していた。

「村長は弔寡族なのですか」

 見れば分かることだが、海斗は必死にも頭の中を整理しようとしていた。

「そうじゃ」

 一旦質問を始めると、とめどなく疑問が湧き出てくる。

「元麓陽村の人?」

「そうじゃ」

「じゃあ、家族を殺そうとしてる?」

「ああ」

「弔寡であることの何が悪いの?何がそんな怖いの?なんで、ここにいるの?」

 思考よりも口がよく回る。村長は一つずつ丁寧に答えていった。

「ふむ、弔寡であること自体は悪くはないのじゃ。問題なのはその社会性と習性と力の使い方、といったところか。お主にはまだ難しい。いずれ分かるじゃろう」

「その、社会性と習性と力の使い方が、怖いの?」

「まあ、そういうことじゃ」

 ふーん、と言ってはみたが何一つ理解できてはいない。

「その(あやかし)みたいな力を使う人が弔寡なの?」

 そう言った途端、村長は体をこわばらせ顔をしかめた。海斗は怒られるのかと身構えたが、村長の口から出てきた声はただ辛そうなだけだった。

「いいや、そうではない。決して、そうではないぞ」

 それは海斗に話しかけるというより、自分に言い聞かせるような口調だった。海斗は話題を変えた方が良いと感じ、数日前に出会った巨大な烏のことを話すことにした。

「ええと、実は、麓陽村が弔寡の村だということを教えてくれたのは巨大な烏だったんです。変に思うかもしれないけど、俺だって人三人分くらいある鳥なんて聞いたこともなかったから、夢なんだと思い込んでましたけど、この世界に今見たような不思議な力があるのだとしたらその烏も実在するんじゃないかと。だから話そうと思います。数日前、その烏に出会った別れ際にこう言われたんです。もし疑われたら、幻神に誓って本当のことにございます、と言えって。そして、それを実際に言ったあの時、あなたは少し目を見張りませんでしたか?俺の勘違いならいいんですけど、何が知ってたのですか」

 村長は、気づかれていたか、と苦笑してからふっと真剣な顔に戻って言った。

「わしも、お主と同じ頃に大烏に会ったのよ。屋敷の裏の森の中じゃったかの。そこでこう言われたのじゃ。幻神に忠誠を誓う者が現れたらお主の復讐を果たすべき時だ、と。」

 突然出てきた物騒な言葉に海斗は目を見張る。

「復讐?あの村に恨みが?」

「ああ、それも大きな恨みがな。四十年あまり経った今でも忘れられないほどの、やるせない怒りじゃ」

 こんな能天気な顔の爺さんにそんな思いがあったのか、と海斗は感心に近いものを覚える。その内容を尋ねていいものかと少し迷ったが、好奇心は抑えられなかった。

「なにか、されたのですか?」

 すると村長は憂いを帯びた顔で窓の方を見やった。視線の先には窓辺に置かれた小さな花瓶がある。その花瓶に生けられている一輪の花は月の光を背に深く項垂(うなだ)れ、その花弁を一枚、床に落とした。

「兄は何も悪くなかった。何一つ、悪くはなかった。それなのにあんな結果になったのは、全て、弔寡という民族性に問題があったからじゃ。わしは今でもあやつらを許してはおらんし、これからも許すつもりはない」

 その言葉は舞い落ちる花弁と共に重く夜に沈んだ。

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