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幻影の華  作者: 知瑪坂 斎
第一巻
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第二章 心覚(五)

 誤算だった。

「ぜぇ、はぁ、あ、あの、まだ着かないんでしょうか」

「も、もう無理、ほんとに無理、死んじゃう」

 体力が無いに等しい子供二人に散歩はまだしも登山などできるはずがない。燕に至っては外で走り回った経験すらない。だがしかし海斗と言えど、友達がいないが(ゆえ)に家に引きこもってばかりで、実質燕と同じようなものである。

「ふふふ、お二人さんもう少しですよ。この獣道(けものみち)を抜けたらすぐ見えるはずですから」

――あーくそ!ふふふ、じゃねーんだよ。護衛の体力に俺らがついて行けるわけないっての。……つーか手助けしろ!

 海青の護衛は穏やかな笑みをたたえてずんずん進んで行く。なにしろここ数年は人が通っていないであろう獣道を切り開いて進まなければならない。子供どころか大人さえたどり着けるか怪しいものである。海青の護衛は行く手を阻むように伸びきった草や(つる)を刀で斬り払いながら他三人を先導し、麓陽の護衛は子供二人が何かの拍子に転げ落ちても大丈夫なように最後尾に落ち着いていた。

「外ってずっとこんな感じなのぉ?俺ちょっと嫌いになりそうなんだけどー」

 そうやって後ろから不満を飛ばしてくる燕も始めこそ目についた物全てに飛びついて目をきらきらさせていたが、今ではこの(ざま)である。海斗もいい加減、緑に飽きていた。

 すると唐突に刀で草を断ち切っている、さくっさくっという小気味(こきみ)よい音が途絶えた。海斗が顔を上げると、そこには森が突然(えぐ)られたかのように木一つ無い、円形の草原が広がっていた。その草原のちょうど中央に見たこともないほど立派な桜が一本、根を張っている。そのあまりにも厳かで圧倒的な景色は、海斗ら四人を見惚(みと)れさせるのに充分だった。海斗は何かに取り憑かれたかのようにゆっくりと桜に近づいて行った。

 風が吹いた。桜が、笑った。

 舞い散る桜色の花弁はまるで小雨のように優しく降りかかり、舞い落ちていく。さぁーっという木々の擦れ合う音が耳をくすぐって、後ろへ流れていった。

「何か、言ってる」

 隣に立つ燕がぽつりと(つぶや)いた。

「え?」

「聞こえない?なんて言ってるかわかんないけど人の声がする」

 燕は真っ直ぐ桜を見据えながら耳を澄ましている。

「それって後ろの二人の声なんじゃ?」

 海斗は後ろを振り返った。

 護衛二人は少し離れて桜を眺めている。

「いや、前から聞こえる。もう少しで聞き取れそうなんだけど」

 そう言って燕は桜に近寄って行く。

「お、おい。あんまり怖いこと言うなよ」

 海斗は不安げに周りを見渡した。

「あっ」

 燕が突然声を上げた。海斗は驚いて燕を見る。

「どうした?」

「消えた……」

「何が?」

「声が。ずっと聞こえてたのに」

 燕は悔しそうに幹に手をついた。

「なんて言ってたんだろう。なんとなく、悲しそうだった」

 海斗は胸を撫で下ろしながら、桜の木の下にあぐらをかいて座った。

「風の音がたまたまそう聞こえただけじゃねーの」

「違うよ。はっきり言ってたんだ」

 はいはい、と海斗は適当にあしらう。

「少なくとも俺には聞こえませんでしたよ」

 燕も海斗の隣に腰を下ろす。

「うーん、やっぱり勘違いかな」

 頭を捻る燕を横目に、海斗はぱんっと自分の膝を叩いて言った。

「まあ、悩んでも仕方ないっしょ。とりあえず昼飯(ひるめし)にしようぜ」

 燕の顔が笑顔を思い出したようにぱあっと明るくなる。

「うん、確かに。お腹すいたー」

「そういえば、あの二人こっち来ねーのかな」

 海斗と燕はそろって、離れたところからこちらを見守る護衛二人に手招きをしたが、二人は手を振ってそれを断った。

「あれ?一緒に食べたくないのかな」

「多分、俺らの会話の邪魔したくねぇんだろ」

「そうなのかなー。じゃあいっか、うみ早速食べよ」

「ああ。いただきます」

「いただきまーす」

 子供二人は口いっぱいにおにぎりを頬張った。

「可愛いですねー、二人とも。本当に楽しそうだ」

「ええ。特に燕は相当はしゃいでますね、あれは。あんな笑顔見たこと無いですよ」

「そうですか。海斗もああ見えて私が見てきた中で一番子供らしい顔してますよ」

 護衛二人は微笑みながらも少し離れて子供達の安全に気を配っていた。

「ねえ、うみ。ちょっと相談したいことがあるんだけど」

 海斗と燕はおにぎり二つを食べ終わり、桜にもたれかかって心地よい春の風を楽しんでいた。

「なんだ?」

 海斗は(いぶか)しげに燕を見た。

「あのね、うみの傷をえぐるつもりはほんとに無いんだけど、最近父上と母上がちょっと冷たい気がするんだ」

 海斗は呆れたようにため息をつく。

「おいおい、んなこと俺に聞いたって何にもならねぇぞ」

 燕は頭を振った。

「いいの。聞いてくれるだけでいいからさ。あっ、もし聞きたくなかったら言ってね。すぐやめるから」

 海斗は少し意地を張りたくなった。

「……別に聞くくらいならできるよ」

「ありがとう!それでね、最近なんか急に距離ができたっていうか、そっけないっていうか、とにかく前と違うことが多くなってきてるんだよね」

「それは、お前が大きくなったからじゃねぇの」

「うーん、それもあるかもしれないんだけど、なんというか俺が花を……やっぱなんでもない、今の忘れて。二人が俺を見るときにその……全力笑顔じゃないっていうか、なんか悲しいものを見るみたいな感じで俺を見てくるの」

 海斗は苦笑した。

「全力笑顔ってなんだよ……」

「でさ何回も、なんでそんな顔するの、俺のどこが悪いの、って聞いてみるんだけどちゃんと答えてくれないんだ。教えてくれないと直しようが無いのにさ。しかも俺がそうやって聞いた瞬間、思い出したみたいに俺に笑いかけてくるから、ちょっと変だなって」

 海斗は自分なりに真剣に考えた。

「……俺はそこらへんよくわかんないけど、案外普通だったりするんじゃないのか?考えすぎ、とか?」

 燕は考え込むように腕を組んで(うな)った。

「そーかなー。あっ、あと俺を怖がってるみたいな時もある」

 海斗は驚いて燕を見た。

「はあ?怖い?自分の子供が?んなわけねぇだろ」

「それがほんとなんだって。俺が嫌だって言ったら、すぐ俺の好きなようにさせてくれるし」

 海斗は少し頭にきて、そっけなく言った。

「自分の子供が可愛いだけだろ」

「いや、なんか可愛いからって感じじゃなくて、怖いから仕方なく従ってるみたいな感じなの」

 その言葉に一発言ってやりたくなったひねくれ少年は皮肉というものを覚えた。

「へーえ。で、燕様は今の生活に大いに不満があると?」

 燕は慌てたように手を振った。

「違うよ。うみの前で、もっと親に愛されたい、なんて言ったら殺されるの分かってるから。ただ誰かに聞いて欲しかっただけ。しかも同じくらいの年の子に」

 海斗は顔を背けた。

「……聞く相手が悪かったな」

「ううん。そんなことない。話しただけでだいぶ気持ちが楽になったよ。ありがとう、うみ」

 燕はそう言って海斗に笑いかけた。

 その笑顔をつまらなそうに見やって、やっぱり花みたいだ、と海斗は思った。

 

 

   *  *  *

 

  

 太陽が西に傾き始めた頃、海斗達四人は行きと同じ並びで麓陽村に向けて下山していた。

「あー、山に登るって言うから海青村が見えるかと思ったのに」

 海斗は残念そうに言った。

「え、海青ってそんな近いの?俺も見てみたかったなー」

 燕も残念そうに言った。

「海斗殿、やっぱり海青が恋しくなりましたか?」

 麓陽の護衛が最後尾から話しかけてくる。海斗は咄嗟に返事をした。

「いや別に恋しくはねぇけど」

「……燕殿。あなたのお友達は今、髪をいじっていませんか?」

 海青の護衛が笑いながら燕に聞く。燕は不意打ちをまともにくらって木の根につまずいた。

「え?あ、いじってます」

「ふふ、じゃあ嘘ですね。幼い頃からの癖です。早く海青に帰りたくて仕方がないのでしょう」

 燕がくすくす笑う。

「おい、ほんの少し自分の家で寝たくなっただけだろ」

 海斗は顔を少し赤らめて言い返したが、

「でも、帰りたいのは事実でしょう?」

 と切り返され、ぐうの()も出なかった。

 どこへ行くにも帰りは早く感じるものだ。海斗達は他愛のない会話をしながら難なく麓陽村に帰ってきた。裏門を通ってその場で護衛と別れる。村長達に無事帰ってきたと報告しに行くそうだ。海斗は燕と夕食を食べた後、それぞれの部屋に帰った。そこでまた海斗は机の上に置かれた(ふみ)を見つけたのだ。「明日の朝、海青村に帰るので荷物をまとめておくように」と書かれた一枚の紙を。

 

 

   *  *  *

 

  

 海斗はその夜、眠れずにいた。あの文を見て、自分達が桜を見に行っている間に村長の間で交渉が行われていたのだと分かった。自分が(あきな)いを学ぶために連れてこられたのなら、なぜそれを学ぶ絶好の機会に自分を追い出すような真似(まね)をしたのか。なぜ急に帰るようなことになったのか。普通、交渉が成立しても失礼にならないように数日はそのまま滞在するものではないのか。

 そんなことがぐるぐると頭を巡る。それと同時に燕のこともあった。きっと燕は明日自分達が帰ることを知らない。朝起きたら全員帰っていた、なんてこともあり得る。何も言わずに帰るのは今までの信頼関係に傷が入ってしまうようで海斗は嫌だった。

――最後に、何か…。

 お礼を。こんな自分とたくさん話してくれたことへのせめてもの感謝を。

 多分、今しかない。急に帰ることになったこの状況から見て、海青と麓陽の関係は決して良くなったわけではないだろう。むしろ悪くなった可能性もある。つまり、この機会を逃せば二人きりで話すことはもうできない。死ぬまで、ずっと。

 海斗は意を決して起き上がり、自分の荷物を(さぐ)って一つの髪飾りを取り出した。きっと似合うだろうなと思っていた。美しい貝殻があしらわれた銀の髪飾り。たった一つの母の形見。どこへいくにも肌身離さず持っていた。母が側にいる、そんな気がして。

 海斗はその髪飾りを月にかざしてみた。それは窓から差し込む月光を浴びて鈍く光った。声が聞こえる。もういいでしょう、と。そんなものに(すが)らなくったってあなたはもう十分強くなった、と。そう言って笑う母が目に浮かぶ。が、聞こえる声でさえ自分の想像で、笑顔だってわかるわけがない。けれど、あながち外れていないだろうなと思う。この世にたった一人の自分を産んでくれた人。そしてその人の側にずっといたであろう、もう一人。その人達が残してくれたものは、形あるものだけではないと、最近知った。海斗はその髪飾りを胸に当てて目を(つむ)った。

――どうか、あなた達の自慢の息子であり続けられますように。

 海斗は目を開けて形見をそっと撫でた後、立ち上がって燕の部屋へ向かった。

 

 

   *  *  *

 

  

「おい、燕。起きてるか?」

 燕の部屋は海斗の部屋からだいぶ離れたところにあった。

「……びっくりした。うみ?どしたの、入っていいよ」

 海斗は(ふすま)を開けた。部屋の中には寝巻き姿で文机(ふみずくえ)に向かう燕の姿があった。海斗は呆れた。

「寝ようともしてないのかよ」

「あはは、今日みたいに明るい夜は火をつけなくても文字が見えるから、こっそり文字の練習ができるんだ」

 燕は照れくさそうに紙を隠した。

「真面目だな」

「綺麗な字が書けると楽しいじゃんか」

「俺には理解できないね」

「えーそっかー残念、じゃなくて一体何の用なの?」

 燕は思い出したように手を振ってから聞いた。

「いや、それが……俺ら明日の朝に帰るんだ」

「……え?」

――やっぱり知らなかった。

「どういうこと?急に?」

「ああ、急にだ。俺も理由は全然分からないけど、たぶん交渉が終わったんじゃないかな」

「えーもっといるかと思ってたのに」

 そう言って残念そうに視線を落とす。海斗ははっきり言うことにした。

「そして、おそらく一生会うことはない」

「……仲、悪くなった?」

 やはり燕も頭の回転は早いな、といまさらながら感心してしまう。

「かもしれない」

 燕はそのまま黙り込んでしまった。

「それでさ、俺なりになんかお礼でもしようかなって」

――初めての友達に。

「お礼?何か俺に感謝してることでもあるの?」

 燕が打って変わって、にやにやしながら聞いてくる。

「いや、別にそういうわけじゃないけど」

 海斗は髪をいじった。

「まあ、お世話になったのは事実だし……」

 そう言って、後ろに隠し持っていた髪飾りを差し出した。

 燕はしばらく思考が停止したようだ。

「……え、待って。うみってこんな趣味があるの?」

 海斗は慌てて否定した。

「ちげぇよ!母さんのだよ」

 燕の顔からすっと笑みが消える。

「は?……そんなの(もら)えないよ!なんで赤の他人に形見渡そうとするの!やっぱり、ほんとにおかしくなったんじゃないの!」

「おい、声が大きいぞ」

 海斗は誰も来ていないか耳を澄ませた。

「ちゃんと形見だって分かった上で、渡してるんだ」

「じゃあなんで……」

「これは、母さんじゃないって分かったからだ。それに……似合うと思った」

 燕の人生に関わった一人の人間として、何か残したかった。

「でも……」

「本人に渡す意思があったら形見だろうと何だろうと関係ないだろ。いいから、受け取ってくれ」

 そしてその髪飾りを燕の手に押し付ける。

「……俺は貰ってないからね」

「ああ、それでもいい。……じゃあな」

 そう言い捨てて、海斗は燕に背を向けた。

 燕は、何も言わなかった。

 

 

   *  *  *

 

  

 次の日、朝日がまだ昇らない頃に海斗は起こされてそのまま麓陽村をあとにした。村人は誰一人姿を見せなかったし、もちろん燕を見ることもなかった。誰もいない村の大通りをただ歩いて、大門の前にたどり着く。その間は誰も何も言わなかった。

「では、私はここまでにございます。なんとも寂しい最後になってしまって申し訳ありません」

 麓陽の村長が頭を下げた。

「いや、大丈夫です。少しの間ではございましたがお世話になりました」

 海青の村長がそう言うのに合わせて海斗と数人の豪族達がそろって一礼する。空が明るくなり始めていた。村長の合図を受けて麓陽の護衛数人が重く大きい扉を引いていった。そこから見えた景色に海斗は思わず息を呑んだ。

 あまりにも遠くちっぽけな海青村が朝日に照らされて白く浮かび上がっている。その村の向こうに広がる果てしない海は赤く染まり穏やかな波を抱いていた。朝日はまるで地平線から顔をのぞかせ様子を伺っているようで、それに答えようと木々や花々が必死に葉を揺らしている。

 海青村をほとんど見下ろせるほど登ってきていることに海斗は初めて気づいた。そして海青村からこちらに続いている一本道を急に駆け下りたくなった。

「俺らの村ってあんなに小さいんですね」

 別段誰に話しかけたと言うわけではないが、馬に乗ろうとしていた海青の村長が自分の村を見やって答えた。

「そうじゃな。わしもあの中にいる人々くらいは守ってやらんといかんのう」

 そう言う村長はどこか悲しそうな顔をしていた。


 

   *  *  *

 

  

 海斗が麓陽村に行ったからといってそれまでの生活が大きく変わったわけではない。学舎(まなびや)では相変わらず誰とも馴染めず、笑いものにされ、何度も教室を追い出されそうになった。けれど何も変わらなかったわけではない。学舎が休みの日や暇な日は村長の屋敷に遊びに行くようになったのである。それは海斗の大きな心の支えとなり、格段に毎日が楽しくなった。

 そんなある日のこと。海斗は学舎から家に帰る途中、見たこともないほど大きな(からす)の羽を見つけた。艶やかな漆黒の羽は太陽の光を反射して緑や紫に怪しく光る。海斗は思わず手を伸ばしその羽に触れた。その瞬間、なんとも不気味な声が響いたのだ。「あの村の秘密を教えてあげよう」と。それは男でも女でもないひび割れた声で海斗の脳内を揺らした。気づけば目の前の羽は消えていて、村から少し離れた雑木林の奥に大きな翼が消えていくのが見えた。行ってはいけないと頭の中で誰かが叫んだが、体は勝手に歩き出していた。

 暗闇。その奥にきっといる。海斗は無意識に雑木林に足を踏み入れ、足早に進んで行った。来た方向もわからなくなった頃、やっと海斗は我に帰った。

――あれ、ここはどこだ?まずい、早く帰らないと。

 そう思って振り返ったところに()()はいた。

 高さは人三人分はあるだろうか。はるか高みからこちらを見下ろす目は黒く濡れている。脚先から嘴まで全てが黒く、背景の暗闇よりも黒かった。

 海斗はあまりの大きさに腰を抜かして這うように後ずさる。すると大烏が突然翼を広げた。周りの木の枝がばきばきと音を立てて折れていく。その折れたところから陽の光が差し込み、巨体を黒く浮かび上がらせた。烏は満足したように翼を閉じると嘴を開いた。

「秘密を知りたいか」

 羽に触れた時と同じ声はその嘴から出ているというより烏全体から発されているようだった。

「ひ、秘密って何を?」

 我ながら情けないくらい震えている自分の声に驚きながらも海斗は聞いた。

「麓陽村のだ。聞きたいだろう?」

 その声には有無を言わせぬ響きがあった。

「き、聞きたいです」

 なんとなく言うことを聞けば助かるような気がした。

「あの村は、チョウカ族の村だ」

「ち、チョウカ?」

「弔うに寡黙の寡だ」

「ち、弔寡ってなんですか」

「お前と違う種類の人間ということだ。あの村はな、そのことが露見するのを何よりも恐れている」

「な、何よりも?」

「そうだ。あの村の弱みだ」

――弱み。燕の、弱み。

「お前の村長に知らせろ。疑われたらこう言え「幻神に誓って、本当のことにごさいます」とな。ただしその場では私のことは口に出すな。分かったら行け。お前の村はあっちだ」

 そう言って烏は翼で方向を示した。海斗は転げるように林を抜け、村長の屋敷に急いだ。

 このことを村長に報告すれば大事(おおごと)になる気はしていた。けれど、身の回りのことはほとんど使用人がやってくれて、なんの条件もなしに愛を注いでくれる両親が側にいて、いつも綺麗な身なりをしている燕が幸せそうで、羨ましかったのも事実だ。この村に帰ってきて、よりその嫉妬心は膨らむばかりだった。だから、この事実が露見することで燕が少し痛い目を見ればいい。

 

 

 そう、思っただけだったのに。

 

 

 

心覚(こころおぼえ)

頭の中でおぼえていること。また、その記憶。

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