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幻影の華  作者: 知瑪坂 斎
第一巻
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第二章 心覚(三)

 あははは、と鈴を転がすような笑い声が小さな部屋にこだまする。

 波瀾万丈(はらんばんじょう)であった宴会もなんとか終了し、海斗(うみと)は六畳ほどの小さな個室に案内された。六畳といっても小さな子供一人には十分過ぎるほど贅沢な部屋である。実際のところ海斗は短い旅を共にした豪族達と狭い空間に押し込められるのではないかと戦々恐々としていたのだ。

 あの事件のせいで頭が出汁まみれになった海斗は部屋に荷物を置いた後、麓陽の大人達にいち早く風呂場に案内され、入浴を済ませた。なんてことのないごくありふれた風呂だった。部屋に戻って来てやっと一人になり一息ついていたところに突然、例の少年が部屋を訪ねてきた。その上、襖を開けて海斗の顔を見るなり腹を抱えて笑い出したのである。

「……そんなに笑うなよ。あれでも真剣に挨拶申し上げたつもりだったんだ」

 海斗はぷいとそっぽを向くと、まだヒリヒリする額のたんこぶをそっと撫でた。

「ごめんごめん。つい思い出しちゃって。あー、久しぶりにあんなに笑ったなー」

 ふふふ、と少年はまだ楽しそうである。

「それで?何の用なのさ?わざわざ俺のたんこぶを笑いに来たのかよ」

「いや、なんか面白そうな子だなって思って。興味本位でさ。そういえば、うみとって名前だったよね」

 海斗は声音に苛立ちを込めたつもりだったが、目の前の少年はそんなことを微塵も感じていないようである。その鈍感っぷりはどこぞの老人とよく似ている。

「そう。今さっき自己紹介したばっかだろ」

 もう忘れたのか?と鼻で笑ってやったが、少年はそれを受けてなぜかにやりと笑う。

「そうだね。君が見せてくれた優雅な皿の舞に見とれて危うく忘れるところだったけど」

「お前っ……」

 明らかに煽ってきている。

 かっ、と頭に血が昇り思わず手が出そうになったが、少年はそんな海斗をニコニコしながら眺めて、勝手に自己紹介を始めた。

「俺は、つばめ。普通に鳥の燕って書く。約一週間よろしく。うみとの漢字は?」

 問答無用で突き進む燕にあっけにとられた海斗はせっかく湧いた怒りを忘れてしまった。

「……海に北斗七星の斗」

 海斗は燕と名乗った少年を眺め回す。

――こいつ、もしや相当変なやつでは……

 残念なことに、そう思っている海斗もまた似たもの同士だということは知る(よし)もない。

 

 

   *  *  *

 

  

 次の日、意外にもぐっすり寝ていた海斗は廊下をぱたぱたと走る足音で目が覚めた。その足音は海斗の部屋の前でぴたりと止まり、次の瞬間勢いよく襖が開いた。

「うみ!うみ!起きて!朝御飯ができたよ」

 海斗は眠い目を擦りながら起き上がって、燕の方を見た。するとそこには昨日とはまた違った装いの美少年が満面の笑みで立っている。鮮やかな赤の衣には細やかな金の刺繍が施されていて、それがまた燕の豪奢な笑顔で美しく際立つ。海青の村長でさえこんな豪華なものは持っていないだろう。やはりこの村は経済的に相当豊かな村のようだ。

 海斗は寝起きのがさついた声で言った。

「うみって誰だよ」

 すると燕の満面の笑みはすっと消えて、今度はきょとんとした顔が現れる。

「え?海斗のことだよ」

「急にどうしたんだ」

「どうしたんだって、この方が呼びやすいし。友達みたいでしょ」

 「友達」という言葉になぜか海斗の心臓は跳ねて胸がぎゅっと苦しくなる。

「……お前友達いるのか」

「ん?いないよ?「友達」ってお互いをトクベツな呼び方で呼ぶって昨日父上に教えてもらったんだ」

 そう言って燕は得意げな顔をして見せた。その顔を見て少し海斗は安堵する。燕は友達がいないことを当然のように言ってのけただけでなく、少しも恥ずかしいことだと思っていないようだった。きっと、なぜ友達がいないのかと詰め寄られたことが無いのだろう。あのなんとも言えない不快感と苛立ちは純粋な燕には経験して欲しくないな、とぼんやり思った。

 実際、燕は海斗の「お前」呼びを気にも止めていない。これは相当天然だと察した海斗はにやりと笑って言う。

「じゃあ、俺は「つば」って呼べばいいのか?」

 その瞬間、燕はぴたりと動きを止めてしばらく考えた後、戸惑ったように海斗を見た。

「えーっと、それってただの悪口じゃない?ま、まあうみが呼びたいならそれでもいいけど」

 そのあまりにも分かりやすい動揺に笑いがこらえきれなくなる。

「あはは、冗談だよ燕。で、なにをしに来たの?」

 燕はからかわれたことに少し不服そうだったが、すぐ気を取り直して言った。

「だから、朝御飯ができたんだってば」

 しかし、今度は海斗が動揺する番だった。

「は?」

「あ・さ・ご・は・ん!」

 燕は聞こえていないと思ったのか声を大にしてゆっくりと繰り返す。

「俺の?」

「そうだって言ってるでしょ。何が不思議なの」

 まるで物分かりの悪い子供を叱るように燕は腰に手を当てて、頬を膨らませた。海斗の動揺は収まらない。

「……お前、まさか毎日朝飯(あさめし)作ってもらってるのか?」

「え?朝御飯だけじゃないよ。昼も夜もだけど。うみは違うの?」

 海斗は衝撃のあまり、信じられないという目つきで燕を眺め回す。

「俺は三食自分でなんとかしてる……と言うことはお前料理したことないのか!?うそだろ……」

 海斗の目に非難の色が浮かんだのを見て、燕はかぁっと顔を赤らめ、むきになって叫ぶ。

「料理は大人になってからだって、子供は遊ぶのが仕事だって母上が言ったんだ!うみがおかしいんじゃないの」

 急に飛んできた暴言に不意をつかれた海斗は自分の中で何かがぷつりと切れるのを感じた。

「はあ?おかしいってどういう意味だよ」

「そのまんまだよ!うちの村のどの子供だって料理なんてしたことない……と思う」

「と思うって――」

「だって、俺外出たことないし!」

「……お前、嘘もいい加減にしろよ」

「嘘じゃない!全部嘘じゃないよ!」

 子供二人の喧嘩はお互いがお互いの声を大きくし、最終的にはほとんど絶叫に近い罵り合いに発展する。

「それが嘘だって言ってんだよ!料理したことねぇとか赤子かよ!」

「うるさい!」

「うるせぇのはお前だよ!しょーもない嘘ばっか並べやがって!」

「もう黙ってよ!」

 燕は半泣きである。

「先に言い出したのはそっちだろ!なんで俺が黙らなきゃいけねぇんだ!」

 騒ぎを聞きつけたのか大人達が数人走ってきて、取っ組み合いを始めようとしていた海斗と燕を引き離す。そしてそのまま朝食が用意されている広間に連れていかれ、二人は始終(しじゅう)顔も上げずに黙々と胃に食べ物を詰め込んだ。お互いに一言も言葉を交わさないまま別れて、海斗は部屋に戻った。まだ怒りは収まらず、このまま二度寝してやろうと鼻息荒く襖を開け放った海斗だが、ふと目に入った机の上に折り畳まれた紙が置いてあるのを見つけ、開いてみるとただ一言「朝食が済んだら直ちに私の部屋に来るように。」と丁寧な字で書かれていた。この状況で海斗を呼びつける人物は海青の村長以外あり得ない。海斗は再び頭に血が昇るのを感じ、手に持った紙を握りつぶすと屑籠(くずかご)に投げ捨てて勢いよく部屋を出た。

 もちろん謝る気はさらさらなかった。

 

 

   *  *  *

 

  

 我が村長の一室は海斗のそれよりも数倍の広さがあった。海斗はこの広さの使い所がさっぱり分からなかったので正直勿体無(もったいな)いと思うばかりだったが、漠然とこれが()()というものなんだと理解した。その広いだけの部屋の中心で海斗は正座をし、目の前の村長が話し始めるのを待っていた。村長は立派な座椅子に背を預けて何も言わずに海斗を眺めている。この部屋には老人と褐色肌の少年以外誰もいない。屋敷のすぐ裏にある林がそよ風にくすぐられてさわさわと音を立てた。

「燕殿(どの)一悶着(ひともんちゃく)あったようじゃな」

 突然、それだけを言った。

 海斗は村長の命令をしっかりと(わか)っているつもりだった。今回のことがその命令に背いていることも。だから咎められても当然だと、頭では分かっている。だがどうしても自分が全面的に悪いとは思えなかった。

「分かっています。あいつと仲良くして少しでもこの村の情報収集に貢献しなきゃならないことは。けど、あいつは俺が三食自分で作っていることをおかしいと言いました。一度も料理を作ったことがないくせに。だからまず質問させて下さい。俺はおかしいですか?」

 村長は海斗の主張を一通り聞いた後、たっぷり間をとってから口を開いた。

「……その質問に答えるより先に、燕殿をあいつと呼ぶのはやめなさい。特にわしの前では。どんなに腹が立つ相手でも最低限、人間として敬意を払わなければならん」

 海斗はその言葉に、はっと体をこわばらせるとゆっくりうつむいて言った。

「……はい。すみません」

 膝に置いた手をぎゅっと握る。涙なんてこの老人の目の前で流したくもないが、抑えようとすればするほど何かが喉に迫り上がってきて上手く息ができない。目の奥がじわっと熱くなる。海斗はなんとか涙を堪えようと焦った。そんな海斗を見て村長はふっと優しい顔になりそばまで寄って来るとそっと海斗を抱きしめた。

「すまないな、海斗。そなたは歳の割に驚くほど(さと)いから、つい大人顔負けの頼みをしてしまうのじゃよ。その察しの良さは早くに両親を亡くしたことが影響していると理解はしているんじゃが、時々そなたが十になったばかりの子供だということを忘れてしまう。だからといってわしがそなたの父親になることはできないのじゃ。それはわかるじゃろう?わしはそなたが両親の残したお金で毎日空腹を満たすのを見守ることしかできん。ただの無力なじじいなんじゃよ」

 固く握った海斗の手の上にぱた、ぱたと水滴が落ちる。

「だからの、そなたはどこもおかしくなんかないのじゃ。ただわしは、燕殿もなかなか賢い人だと聞いたから孤独なそなたと少しは話が合うのではないかと思うただけなのじゃ。わしの勘違いだったならすまない。帰りたければいつでも言いなさい。わしの護衛に送らせよう」

 海斗は首を振り、嗚咽(おえつ)を噛み殺そうと下唇を強く噛んだが溢れ出す何かは(とど)まることを知らなかった。

「お、俺は…ただ…燕に、父さんと母さんを、馬鹿に、されたような気がして…だから…つい、かっとなって…燕が、知ってるはずない、のに…」

 この状況でさえ自分の(とが)を自分で非難する子供に村長はなんともいたたまれない顔になる。

「わかっておる。大丈夫じゃ。そなたは慣れない土地でよくやってくれている。両親にそっくりじゃよ」

 村長は震える小さな背中を優しくさすった。

「でも、俺、父さんと母さんのこと、何も知らない…村長は、知ってるの?」

 海斗は何かを期待する目で村長を見た。

「……そうじゃな。ではここで少し昔話でもしようかの。といっても十年前のことなんじゃが」

 そう言って村長は座椅子に戻って腰を落ち着け、話し始めた。

「二人は村の中でも頭ひとつ抜けて優秀じゃった。御母上は子供に好かれる優しい教師で、御父上は魚に好かれる立派な漁師…といったところかの」

 そう言って村長はいたずらっぽく笑う。

 海斗も涙を手で(ぬぐ)いながらくすりと笑った。そして、あることに思い至って目を丸くした。

「もしかして、あの教師が俺のこと嫌ってるのは……」

「ご明察じゃ。あのお方もそなたの御父上を好いておったようじゃな。結果的にそなたを学舎(まなびや)から連れ出すために利用した形になってしまったのは申し訳ないことこの上ない」

 そう言いつつも、その楽しそうな老人の笑顔からは申し訳なさが微塵も感じられない。

「でも、休日に俺を呼び出せばよかったんじゃ」

「ほほほ。そなたがどんな人か試したかったのじゃよ」

――怪しい。人に敬意を払えとか言うくせに手のひらの上で人を転がすのが好きなだけだろ。

 海斗は微笑む村長を疑わしげに見た。

「ともかくそんな二人が惹かれ合ったのはある意味必然だったのかもしれんな。結婚の時には村ではお祭り騒ぎじゃよ。単純に二人の顔が広かっただけかもしれんがの。しばらくしてそなたが生まれて本当に二人は幸せそうじゃった。そうそう、二人が一度そなたを見せに来てくれたことがあったのう。本当に可愛らしい子が生まれてきてくれたものだと言ったら、そなたの御母上はなんと申したと思う?微笑みながら「それは生まれる前から分かっておりました」じゃと。笑わせてくれるわい」

 その時のことを思い出しているのだろう、村長は遠い目をして誰かに笑いかけた。

「じゃあ、誰に恨まれてるでもなく殺される理由もなかったってことですよね。なんで二人して死んじゃったの?病気とか?」

 途端に村長は悲しい目になりじっと海斗を見つめながら話し出した。

「事故だったんじゃよ。あの日はそなたの五歳の誕生日で、二人はとびきり豪華な夕食にしようとそなたを親戚の家へ預けて漁に出かけたんじゃ。久しぶりに二人きりの時間を作ろうとしたのかもしれん。けれど突然雲行きが怪しくなって嵐がやってきた。海は荒れてとても船が無事で浮かんでいられる状況ではなかった。そのまま二人は帰らぬ人となったのじゃよ」

――五歳か。ぼんやりとは思い出せるんだけどな。

 月日が経つごとに両親の顔は薄れ、遠くなっていく。忘れたくないと叫ぶ意思に反して、記憶は指の間から絶えずこぼれ落ち、消える。自分の手がもっと大きければと何度思ったかしれない。ただ奈落の底に落ちていく自分の一部を眺めるのは苦痛だった。けれど、それでいてまだ手のひらの上に残る記憶は、視覚的記憶よりも肌で感じた記憶である。いつどんな時も温かい何かは海斗のそばにいてずっと肌に触れていた。それがある時、急に消え去って周りが暗くなり、ただ寒くて怖かったのをよく覚えている。その後に急いでやってきた別の温かさも、海斗の恐怖を(ぬぐ)い去りはしなかった。

 だが、もう過ぎたことなのだから仕方がない。

「でも、俺はその時親戚の家に預けられていたんですよね。そのまま引き取ってはくれなかったのですか」

 答えは分かっている。否だ。海斗はなぜ自分が分かりきった問いを聞くのか不思議だった。もう誰にも期待しないと決めたのに。

「それが悲しいことに、彼らはそなたを見るとあの二人を思い出すから家に置いておけないと引き取りを拒否したんじゃ。実際はあの家も二人子供がいたから経済的に余裕がなかったのじゃろう」

 村長はそう言うが、きっと金の問題だけではないだろう、と海斗は思う。誰かに好かれるということは誰かに嫌われるということだ。

「でもさすがに五歳で独り立ちっていうのは無理があるんじゃ…」

 海斗の記憶に強く残っているのは誰かに手を引かれて海を見に行った記憶である。海斗の覚えている限りと今の話を統合すれば、その時点で両親はいない計算になる。そうだ、何か忘れている。親を失ってからの一年。その期間だけ記憶が抜けている。寂しさからか、悲しさからか、何も思い出せない。しかし、暗闇に取り残された海斗を引く、力強い手があった。その手が導くままに歩き続けて、気づけば一人暮らしをしていた。その手は母親にしてはがっしりしていて父親にしてはしわくちゃで……

 海斗は弾かれたように顔を上げ、村長を見た。村長は我が子を見るかのような目つきでふっと笑んだ。

「そなたが一人で生活できるようになるまで。そう決めて引き取って家事を教えたんじゃよ。料理から洗濯、家の掃除、店での値切りの仕方も。そなたは物覚えが良くて全て一年足らずでこなせるようになった。少し心配じゃったが六歳になる頃に送り出すことを決心したのじゃ。あまり長く置いておくと勘違いする村民も出て来るからのう。そして別れの時に寂しくなったらいつでもわしの屋敷に来なさいと言ったのじゃが、しばらく経っても全く尋ねて来る気配がないからきっと忘れておるのじゃろうと思うたのよ。まあ、それはそれで良かったのかもしれんな。ああ、そういえばわしの護衛とよく遊んでおったぞ」

――「はい。よく存じ上げております」

 ほんの数日前、長い階の前で初めて顔を合わせた時。護衛はそう言いはしなかったか。

 ずっと、両親が教えてくれたのだとそう信じて疑わなかった。いつ自分たちが死んでもいいように、海斗が一人でも暮らしていけるように。よく考えてみればそんな用意周到な親なんてなかなかいない。いつか自分が死んだ時、あの世で二人にありがとうと言うつもりだったが、どうやらそれを言わなければならない相手は今、目の前にいるようだ。

 海斗は膝の前に手をつき、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたのおかげで俺は今こうして元気に生きています。そして、ごめんなさい。その恩を返すどころか忘れるような人間で。これから少しずつでも返せるように努力します」

 その真剣な声に村長は思わず泣き笑いのような顔になったが、海斗が顔を上げる時には普段の顔つきに戻っていた。

「ほほ、楽しみにしておるぞ。じゃが、今はわしよりもそなたと話したい人が一人、おるようじゃの」

「え?」

 海斗が不思議そうに辺りを見回すと、木の柱の陰に隠れている小さな人影が(ふすま)を透けて見えた。しばらくそっちを見ていると遠慮がちに襖が開いてその隙間から形の良い目がのぞく。そして海斗がこちらを見ていることを認めると、ばっと飛び出してきて思い切り海斗に抱きついた。

「うみ!ごめん、全部俺が悪かった!うみの御両親が亡くなってること知らなくて、酷いこと言った。ほんとにごめん」

 海斗は燕の勢いを受け止めきれず、張り倒される形になる。燕が身にまとう質の良い布が顔に()れた。その上で海斗のなかに湧いてきたのはなぜか怒りだった。

「いてぇ!お前殺す気か。はやくどけよ、服が汚れるぞ」

「さっき父上から全部聞いた。俺なんかよりずっと大変な思いしてるのに……ごめん!」

「分かったから!俺も赤子とか酷いこと言ってごめん!だからひとまずどいてくれ!」

 ぎゃあぎゃあ賑やかな二人を優しく見守りながら海青の村長は口を開いた。

「やはり、海斗の家族事情を話しておいて良かったですな」

「ええ、いつかぶつかるような気はしてたんです」

 いつの間にか麓陽の村長が海青の村長のそばに立っていた。

「この度はうちの息子が無礼なことをしてしまい申し訳ありません」

 強く言っておきましたので、と少し頭を下げる。しかし、その口調にはまるで感情が入っていなかった。

「いやいや、お互い様ですじゃ。海斗と昔話に花を咲かせられる良い機会にもなりましたし、子供の成長を見るのはやはり嬉しいものですな」

 そう言って、まだ騒いでいる子供達を見ながら海青の村長は優しく微笑んだ。

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