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第四章 白き玄鳥(一)

 海沿いの村二つが壊滅した、という情報を得たのは鷺丹(ろに)が執務室で作業をしていた時だった。確かに昨日の夜は西側の空が急に曇り、雷が鳴っていた。何か嫌な予感はしていたのだ。しかも、西海岸といえば、いくつか(あけ)(たみ)の村があったはずだ。まさか、朱の民と弔寡との間でいざこざがあったのだろうか。ならば、かなり厄介な事案になりそうだ、と一人ため息をつく。

 窓にすっと赤い色が差し込む。日の出だ。風通し用の木の格子が温かい光に溢れる。じわじわと自分の鮮やかな牡丹色が抜けて、黒髪黒目に変色していくのがわかる。しばらく目を細めて光を浴びていると、すっかり太陽が顔を出した。はっと我に帰り、手を握って牡丹を咲かせた。波打つ花弁が幾重にも重なった大ぶりの一輪が当然のようにそこにあった。鷺丹はしばし目をつむって思いを馳せたあと、軽く手を振って花を消した。

 今、鷺丹がいる大地、華大陸(かたいりく)は四方を山に囲まれた盆地で、夏と冬の気温差が激しく、はっきりとした四季がある。山の向こうは全て海で、言うなればとてつもなく大きな島の中心が凹んだような大陸となっている。その大陸全てが弔寡の領地で、凹んだ中央は少し高くなっており、その頂上に首都である桜都(おうと)がある。桜都は山一つ分くらいの巨大な桜の木で、幹や枝に数えきれないほどの住居がある。といっても住めるのは大貴族くらいで、幹の上は朝政を行うための施設や建物がほとんどを占めている。もちろん王の住まいである桜宮(おうきゅう)もそこにある。農民や平民、商人などは桜都の周りに広がる広大な平地に住居を作り、首都近くでは米を、山際の扇状地などでは果物や茶を栽培して生計を立てている。

 しかし、陸地は華大陸だけではない。西側の海を隔てた先には一つ大きな島があり、朱の民という民族が独自の国を創り生活している。朱の民とは弔寡のような花の力は使えず、鳥の姿を借りて飛ぶこともできない人々のことだ。その違いが何から生まれているのかはわからないが、弔寡は彼らを自分達よりも劣った人種として下に見ている。だが一つ、火の扱いがうまいという特徴で弔寡を圧倒している。弔寡は基本、火を苦手とする。

 朱の民の人口は弔寡の半分くらいだが、その一部は海を越え、華大陸の西海岸にいくつか村を作っている。弔寡はそれらの村を監視するため、近くに弔寡族の村を作らせている。それらは主に監視を得意とする燕家が担っているが、朱の民の村に我らが弔寡だということを悟られず、またなるべく彼らと接点を持たないようにと朝廷から命令されている。

 また、これも朝廷が問題視していることなのだが、朱の民と弔寡から生まれた子供は誰一人として弔寡の力を得ることはない。彼らを隠華という。朝廷はそういった人々を劣等とみなしてひどく嫌う。そのため強制的に桜都に集め、華街から根街に落とす。そこで強制労働を強いて経済を回すのだ。根街は華大陸最大の無法地帯となっており、隠華が隠華と結ばれ、また隠華ができるという悪循環で、隠華の人口は減るどころか増え続けている。最近では弔寡と弔寡から隠華が生まれるという異常事態が増えていると聞くが、詳しい現状はわからない。

 隠華の中には強い意志をもって鷺丹のところへ来る者もいる。ここ、麒蕾院(きらいいん)は数十人の隠華から構成される、戦いに秀でた精鋭を育てる施設だ。鷺丹は今の麒蕾院院主である。隠華は花を持たないため、戦いの場で不利な状況も多いが、それを凌駕する実力を誇るため隠華の中でも一目置かれている。のだが、志願する者は少ない。なぜなら麒蕾院の仕事は罪人の断罪や殺人事件の調査、動物の殺生など血に関わるものが多いからだ。この国では血は穢れとされ忌み嫌われている。その上隠華であるので全弔寡からは差別され、街を歩くだけで暴力を振るわれたり、無視されたりと不当な扱いを受ける。それを除けば、食費や生活費は全て国が負担してくれるし、家族のいない者や腕に自信がある者にとっては、いわゆる高官になれるまたとない機会である。それでも日々の鍛錬は相当厳しい。耐えられなくなって辞めていく者も多く、現在在籍しているのは数十人に留まっている。

 なぜそんなにも厳しい鍛錬が必要なのか。それは罪人を裁く断罪という行為に訳がある。この国で重大な罪を犯した者の中には断罪という判決を受ける者がいる。断罪とはいわゆる見せしめであり、首都近くにある、周りを客席に囲まれた大きな会場で行われる。


 

  *  *  *

 

 

 耳に鳴り響く、絶叫に近い歓声。目の前で刀を手に荒い息を繰り返しながら震える罪人は錯乱していて、まだ開始の合図も鳴っていないのに今にも斬りかかって来そうだ。目の焦点は合っておらず、口は笑ったように曲がっているが、頬は引きつっている。

 この男は鷺丹が麒蕾院院主になる前の断罪人時代、最後に断罪した罪人である。なんの罪もない一家五人のうち四人を惨殺し、残った一番下の子供には零落(れいらく)を施し、なおかつ首をはね飛ばしている。零落とは身体から無理やり花を引き剥がすことで、その想像を絶する痛みは、まるで手首を焼かれながらねじ切られるような痛みだと経験者は語っている。

 それを目の前の男は、十にも満たない子供に対して平然とやってのけた。動機を聞くと、幸せそうだったから、とだけ答えた。その発言で、彼があまり素晴らしいとは言えない人生を送ってきたことは明確だったが、罪は罪である。議会が満場一致で断罪を決め、鷺丹が断罪人として選ばれた結果、今こうして刃を向け、相対している。

 法螺貝が鳴った。開始の合図だ。男が何かを叫びながら刀を大きく振りかぶったが、極限状態の者が振り回す刀ほど読みやすいものはない。鷺丹は始めの一撃を軽く受け流して、手始めに男の片耳を切り落とす。観客が沸いて、歓声は一段と大きくなった。その歓声に重ねるかのように、男の悲鳴が響き渡る。耳があった所を必死で押さえる指の隙間から鮮血が溢れて頬を流れ、肩を赤く染めていく。

 痛みからか、恐怖からか、男は完全に正気を失い、今度は言葉にならない声を上げて刀を振り回す。それら全てを難なくいなした鷺丹は、次に腕を切り上げた。手が宙を飛び、鮮血が舞う。血の匂いがむっと濃くなった。男の悲鳴は絶叫に変わり、観客は席を立ち上がって両腕を高らかに上げる。そんな彼らを視界の端で見やって毒づく。

 血を穢れだと忌み嫌うくせに……

 男は地面をのたうち回り、辺りに血を撒き散らしている。鷺丹はその男にゆっくりと近づき、静かに見下ろした。

「後悔しているか?」

 男は必死の表情で頷く。だがその瞳の奥に「安堵」が広がるのを鷺丹は見逃さなかった。これで終わる、そう思っているに違いない。次の瞬間、男の左足はあっさり身体から切り離された。またもや絶叫が響き、血が飛び散る。

「これでやっと、父親の分だな」

 鷺丹はその時、男の顔にゆっくりと絶望が広がっていくのを見た。それをしばらく見やって、では失血死する前にと、残った手足を一気に切り落とす。人間に果たしてこんな声が出せただろうかというほどの叫びがぐわんぐわんと耳に響く。手足のない胴体が痛みに悶える姿は、ひっくり返った虫に似ていた。

 しばし待って、ちら、と麒蕾院側の座席を見る。そこに座る大柄で毛深い現麒蕾院院主が、微かに頷くのが見えた。鷺丹は男に向き直り、大きく刀を振り上げた。観客が水を打ったように、しんと静まりかえる。皆この犯罪者の最後をしかと見届けようと首を伸ばして、その時を待っていた。

 鋭い一閃が走る。音もなく、声もなかった。まるで柔らかい果実を切るかのように、その首は胴体から離れた。鮮血が溢れ出る。鷺丹の鼻はもうとっくに馬鹿になっていたが、きっとものすごい匂いが辺りに充満しているのだろう。

 観客はしばらくぼぅっとしていたが、突然思い出したかのように一人が歓声を上げると、波のように伝播して、最後には会場が揺れるほどの大歓声が巻き起こった。皆口々に囃し立て、手を叩き、飛び跳ねる者までいた。

 皆これを求めている。自分以外の()()()罪人に苦痛を与え、鮮血を撒き散らす、その鮮やかな舞台を。脳が揺れるほどの刺激を。

 法螺貝が鳴った。

 

 

  *  *  *

 

 

 当然ながら、罪人と断罪人の間には相当な実力差がある。そこで麒蕾院側に求められるのはいかに長時間痛みを与えづつけて、美しく殺すかということである。観衆に罪を犯すとはどういうことかを見せつけなければならないからだ。桜都の貴族達の中には、断罪見物が唯一の楽しみだとまで宣う者もいる。そのため麒蕾院では美しい手足の落とし方や立ち回り、刀の扱い方を教える。断罪人が罪を犯した者に負けるということは本来あってはならないため、厳しい鍛錬や修行が求められるのだ。しかし、必ず麒蕾院側が勝つというわけでもない。過去には罪人側が勝利を収めた事例もある。その場合は罪人は罪を許され、断罪人として麒蕾院に迎え入れられることになるのだが、麒蕾院の信用は大きく落ちる。最悪の場合、院主が辞めさせられることもある。

 こういう背景を踏まえた上で院生達は厳しく鍛えられるので個人の実力で見れば、王直属の軍である桜軍(おうぐん)の兵士を育てる桜守院(おうしゅいん)の院生達よりも(まさ)るところがある。そこで不思議なのが桜軍の兵士である桜守(さくらもり)になることは名誉とされていることである。兵士なので、もちろん血と密接に関わるのだが、大きな戦争がない間の主な仕事は桜の管理や要人の護衛なのであまり血の印象はないのかもしれない。

 なにはともあれ、今回報が入った海沿いの村ではたくさんの死者が出たようなので調査は麒蕾院の仕事である。急に村が壊滅するほど人が死んだということは、流行り病か何かだろうか。ならば発生源を特定し、これ以上広がらぬよう対策案を考えなければならない。まずは自分一人で下見をしてこようと窓辺に向かう。玻璃をふんだんに使った大きな窓は外の露台へと続いており、そこから飛び立てるようになっている。二階やそれ以上の高層、華街や茎街などでは窓辺に大きな露台がつけられている家が多く、そこから自由に出入りできる仕組みだ。わざわざ一階まで降りて出かける必要はない。重いものを運ぶ際や馬を使わなければならないときは仕方がないが、それ以外では移動は基本鳥の姿だ。その方が断然便利で早い。鳥の姿を借りて飛ぶときは淡い色付きの玻璃のような見た目になるので本物の鳥と見間違えることもない。

 鷺丹は露台に出て後ろ手に窓を閉める。ひんやりとした澄んだ空気が鼻をついた。大きく深呼吸をした後、そのまま手すりをひらりと飛び越え、次の瞬間には紅に淡く輝く(さぎ)となって大空へ飛び立った。

 高度を上げるたびに一段と寒くなる。人の姿の時よりは寒さに強くなっているはずなのだが、この時期の朝は老体にはきつい。そろそろ次の院主を考えておくべきかとぼんやり考えて、ふと後ろを振り返る。麒蕾院は広大な盆地の中では一番高い山の頂上に位置している。今も山裾の方は霧で隠れており、柔らかな朝日を受けて輝く大きな寺院はまるで空に浮かんでいるようだ。

 毎年、院生志願を受け付けているのは冬だ。花を持たない哀れな子供達は、大雪が降り道もわからないほどのこの大山を決死の思いで登ってくる。あまりの寒さにその途中で命を落とす者も少なくない。鷺丹からすれば子供を体の強さでふるいにかけているようで良い気がしないのだが、国が決めたことなのだから仕方がない。その中で運良く麒蕾院に辿り着き、春に立派に院生となった者がはじめにさせられることは、この山を登る途中で命を落とした子供の死体回収である。自分がいかに運に恵まれて、どれだけの命の上に立っているのかを実感させるためである。回収した死体は麒蕾院の広場に集められ、焼かれる。幻神に見放され、あっけなく散った子供の魂が黄泉の国で少しでも幸せであるように、と空へ登る煙を見ながら皆で祈る。院生は同士を見送って初めて、麒蕾院で院生として認められ、一人一刀の刀を授けられる。そこから院生としての生活が始まっていくのだ。

 陽が昇り切る頃になってやっと西の山脈付近まで来た。そこでやっと鷺丹は異変に気づいた。山の向こう側から黒い煙が立ち昇っている。壊滅した二つの村の名は山麓にある麓陽村(ろくようむら)と、海辺の海青村(かいせいむら)と聞いている。煙の位置からするに、あれは麓陽村から出ているものだろう。まさか、近隣に住む誰かが疫病を蔓延させないよう家や人を燃やしているのだろうか。しかし、この付近に目立った集落など――

 山を越えた。そして見えた景色はなんとも信じ難いものだった。

 村が文字通り壊滅していた。村であっただろう場所には瓦礫がうず高く積み上がり、残っているものといえば、正門と見られる大きな門とそれに繋がる厚い壁が少しだ。鷺丹はその門の付近になにか黒いものがたくさん集まっているのに気づき、なんだろうと目を凝らす。人だった。たくさんの人が正門と壁に沿って重なり合って倒れている。燃えたから死んだのか、死んだ後に燃えたのかは分からなかったが、村中に撒き散らされている血を見るに、なかなか激しいものだったようだ。ふと遠くに目を移す。聞いていた海沿いの海青村とやらは壊滅どころか()()()()。本当に何もない。ただ黒い平地が広がっているだけだ。本当に村があったのか疑うほどだったが、そこだけ黒いということは何かがあったのだろう。

 流行り病では無さそうだと、ひとまず麓陽村に降り立ってみる。ひどい匂いだった。炭と血と燃えた人の匂いで一瞬何が何だかわからなくなる。しかし、慣れてくると周りの状況がだんだんと見えてきた。家は跡形もなく破壊され、その瓦礫の中から直視できないほどの人であったろうものがはみ出て垂れ下がっている。至る所に肉片が転がり、赤い水溜りを作っていた。ここまで酷い現場は鷺丹でさえあまり見たことがない。正門の方へ近づいてみる。焼けていない死体もあり、死因を探ってみようと鞘付きの刀でひっくり返したり服をめくったりする。意外なことにどの死体も目立った外傷はなかった。ただ共通していたのは、心臓付近に何かが刺さったような跡があること、その他にも体のいろんなところに同じような傷跡が複数あること。跡からして矢のような気がするが、当の矢が一つも見当たらないのは一体どういうことだろう。また、全ての人の心臓をしかも複数回貫くなんて芸当が一介の人間に果たしてできるものだろうか。単純に矢の本数からしても不可能に近い。他に情報はないかと辺りを見渡してみる。

 正門から真っ直ぐ伸びる道。きっと村長の屋敷に続いていたのだろう、その中間くらいの位置に一つ、小さな死体があった。明らかに異色だ。正門付近に集まった死体以外は全て瓦礫の下敷きになっているか、跡形もないくらいばらばらだ。その死体だけが異様に綺麗だった。近寄ってみる。まだ幼い、十にいっているかいないかの年頃の少年。正門の死体達よりもずいぶんと褐色肌だ。これも同じように目立った外傷はなく、心臓を何かに射抜かれている。なぜこんな場所で死んでいるのだろうと観察していると、少年の死体の向こうに裸足の足跡を見つけた。麒蕾院は殺人を調査するとき、犯人の特定だけでなく後追いも行う。鷺丹も現場に残されたわずかな足跡で犯人の動きが目に浮かぶほどには足跡が読める。その跡は奥の村長の屋敷があっただろう場所から真っ直ぐ続いてきている。跡の間隔と深さからするに、結構ゆっくりと歩いてきたようだ。その上、普通の足跡と比べると若干爪先の方が深くなっている。誰かに引っ張られていたか、何かに取り憑かれかでもしたかのような歩き方だ。そしてその足跡の側に続いているもう一つはこの少年のもののようだ。こちらはごく普通の足跡で、途中で立ち止まったり急に走り出したりというような跡が見られる。二人の足の大きさはほぼ同じなので大体は同じ年頃と見ていいだろう。ただ、不思議な歩き方をしている足跡のほうは褐色肌の少年の少し前で止まり、なぜかこの少年の方へ引き返してきている。少年の死体の側には二つ、広く凹んだ跡があった。きっと膝をついたのだろう。つまり、褐色肌の少年は死に、もう一方は生きたということだ。

 鷺丹が今最も欲しいものは目撃証言である。一刻も早く見つけ出し、話を聞かなければならない。その足跡によれば、子供は膝をついたあと、また立ち上がりどこかへ行ったようだ。その先は――深い森。なぜそんなところへ行くのかわからなかったが、足跡の調子からして茫然自失としているようだ。しかし、今度は何かに取り憑かれたかのような歩みではなく、しっかり自分の意思で歩いている。前日の雨のおかげで後追いは随分と楽になりそうだった。

 貴重な目撃者をそこら辺の森で野垂れ死させてたまるものかと、鷺丹は足早に跡を追い始めた。

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