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7日目

 奴隷商館での生活は、思ったよりも穏やかなものだった。

 牢獄まがいの小部屋に入れられていた時間はそれほど長くなく、数時間で出された。


「どうして出してくれるんだ?」


 不思議に思ってクロッカーに尋ねた。


「貴方にはどうも、暴力や反抗の気配がしませんからね……近くの牢獄にいる奴隷たちを見たでしょう?」


 言われて、俺は思い出す。

 俺が閉じ込められていたような牢獄は、どうも複数あったことを、出された後に知った。

 その中には俺と同じ身分に落とされていると思しき人間たちがいて、俺とクロッカーが連れ立って通ると、鉄格子を引っ掴みながら懇願したり、怒鳴ったり、ただひたすらに鉄格子を蹴飛ばしたりしていた。

 俺がそれを見て思ったのは、あぁ、この世界には本当に教育というものがろくに与えられていないのだな、ということだった。

 別に見下したわけじゃない。

 ただ、誰であれ日本人がこういうところに閉じ込められたら、ある程度理性的な行動をとってしまうだろうと思ったのだ。

 俺もまた、そうしてしまった。

 静かに、声をかけられるまで、ただひたすらに待つ、ということを。

 何も特別な力を持たない以上、暴れたって無駄だ。

 何か好転させることはないと頭で理解してしまう。

 それは、歴史や理屈を義務教育によって叩き込まれた人間が自然に思ってしまうことだ。

 

 だが、この世界の人間はそういうことを少しも考えていない。

 いや、考えるやつもいるのだろうが、考えない層というのがかなりの割合でいるのだ。

 スラム街なんてその最たるものだ。

 そこにホームレスが混じっていれば、集団で襲って身ぐるみ剥いでも構わないと考えているようなやつらだしさもありなんという感じだが。

 

 翻って考えてみるに、俺にはそういうことはできない。

 優しいわけでも思慮深いわけでもなく、ただ、そういうことはいけないことだと教育されてきて、暴力を振るうこともダメだと叩き込まれてきたがゆえにだ。

 日本において、その教育は極めて正しかっただろう。

 日本でノータイムで人に自由に暴力を振るっていたらいずれ暴行か傷害で逮捕されるしかない。

 でも、この世界においてその性質は今のところ不利に働いている。

  

 牢獄を出してもらったことについてはプラスだったようだが……。

 しっかりと教育されてきたことを、日本という国の義務教育に感謝すればいいのかどうか、微妙だな。

 どこかで道を間違えて、不良になって暴力に明け暮れていた方が、今頃いい立場に収まっていられたかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺はクロッカーに言う。


「俺が決して反抗しないと?」


「そこまでは思ってませんよ。でも、貴方には大した腕っ節はないですし、暴れられたところで取り押さえることはできます。そしてそもそも、暴れる可能性はそれほど高くなさそうだ……となると、自分である程度動いてもらったほうがプラスなのでね」


 ……まぁ、そんなものか?


「奴隷の管理も面倒なのでね。一人でもまともに働いてくれる人がいると助かるんですよ。別に無茶苦茶な命令をするつもりはありません。先ほどいた牢獄に一日二食、食事を運んでほしいとか、商館の掃除をしてほしいとか、その程度です。やってくれるなら、牢獄にいるよりもいい待遇をお約束しますよ。そういう損得計算くらいは普通にできると思ってのことです」


 なるほど。

 それならば期待に応えられるなと思った俺はクロッカーに頷いて応えた。


 *****


「……これは意外ですね」


 クロッカーが目を見開いて俺を見つめていた。

 厳密にいうなら、俺と、今俺の目の前にいる女性を、ということになるだろうか。

 そこには燃えるような赤髪を持った、美貌の女性が立っていた。

 彼女はこの奴隷商館の客である。

 当然、ここを訪ねた目的は奴隷を買うため。

 いくらかクロッカーが奴隷を見繕って彼女に紹介していて、俺はお茶出しをしていたのだが、どの奴隷も彼女は気に入らなかった。

 困ったクロッカーが、俺についても実は奴隷であることを明かしたのだが……。


「こいつが? 奴隷? 全く目が死んでいないではないか……面白いな」


 などと言い始め、


「いくらだ。買う」


 最終的にはそんなことを告げたのだ。

 流石のクロッカーも意外だったようだ。


「いえ、あの、その者は先ほど紹介した者たちと比べて何の取り柄もない奴隷ですが……よろしいので? 勤勉さや飲みこみの良さはありますから、使用人としてはそれなりに有用とは思いますが、お探しになられているのはそういった用途ではないのでは……」


 完全な無能扱いされるかと思って聞いていたが、意外にそこそこの評価をされている。

 日本での長年にわたる教育は、やはりそれなりに意味があったのだな、と涙が出そうだ。

 俺の恩師たちは別に俺を立派な奴隷にするために授業をしてくれてきたわけではないだろうが。


「いや、こいつで構わない。価格は……ふむ、安いな。即金で払おう」


「……わかりました。ではこちらが契約書になります……」


 そこからは事務的な手続きがしっかりとなされ、俺はご主人様の奴隷として正式に譲渡された。

 

 おかしな女だ。


 俺の、ご主人様に対する印象はそれでしかなかった。

 俺みたいなのを引き取ったことも勿論、大きな理由だが、それ以上に……。


「あぁ、今日は気にしないでいいが、明日からお前の訓練を行うからそのつもりでいろ」


 そう言われた時点でさらにその気持ちは強まった。

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