6日目
あまりにも甘い考えだったということだろう。
スラムの端で、周囲を警戒しながら眠っていた。
しかし、この世界に転移してから短い期間で様々なことがあって、無意識にかなり疲労していたのだろう。
俺はいつの間にか寝入ってしまっていた。
慌てて目が覚めてみれば、そこには俺のなけなしの所持金が入った革袋を懐から抜こうとしているスラムの住人たちの姿があった。
他にも俺の持ち物を手に持っている。
「お前ら……俺の……っ!!」
文句を言おうとするも、反応は俺より彼らの方がずっと早かった。
つまり、いきなり攻撃してきたのだ。
異世界に来て、多少なりとも暴力というものに慣れてきたと思っていた俺だが、どうやらそれは気のせいだったとこの時気づいた。
ひたすらに振るわれる剥き出しの力に、俺はただ体を丸めて耐えることしかできなかった。
普通、異世界に飛ばされてきた転移者なら、こういう時、何か上手い方法を使って切り抜けるのだろう。
でも俺には何も出来なかった。
それも当然だろう。
ろくな能力もスキルもないのだ。
人を殴る度胸すらない。
そんな俺に一体何が出来ると……。
だから俺は、ボコボコになるまで殴られたり蹴られたりされ続けた。
少しばかり意外だったのは、思ったよりも痛いと思わなかったことだろうか。
スラムの住人たちが歯を剥き出しにて襲いかかる様は実に恐ろしかったが、その攻撃それ自体についてはなぜか、そこまで痛くはなかった。
もしかしてこれが俺のスキル《耐える》の真価なのだろうか、とこの時、思ったりもした。
だが、スラムの住人たちがいい加減飽きてその場から去った後、改めて自分の怪我の程度を確認してみるに、酷い有様だった。
というか、正直全然起き上がれなくて、あぁ、これは死ぬかなという気がしていた。
とばっちりで大怪我を負い、仕事をできる当てがなくなって、持ち物全部奪われて、ボコボコにされて……。
踏んだり蹴ったりどころではない不運具合で、このまま死んでもまぁ、そんなもんかという気がしてくるくらいの有様だった。
だが、現実にはそうはならなかった。
なぜか。
「……ほう、これは珍しい」
身体中に痛みが戻ってきて、あまりの激痛に意識が消える直前聞こえたのは、そんな呟きだった。
*****
次に目を覚ますと、そこはどこかの建物の中のようだった。
いや、厳密にいうと……なんだか牢獄のような場所だな。
小さな小部屋の前に、鉄格子が見える。
牢獄でないとしても、何かを監禁するための部屋なのは間違い無いだろう。
体を確認してみるに、最低限の治療はされていたが、この世界特有の特別な薬品などは使われてはいないようで、しっかりと骨折はそのままだし、身体中の傷も大して変わっていない。
本当に死なないように応急処置しただけという感じだな。
ただ、それでも今の俺にはそれなりにありがたい話だ。
ここまでなってもまだ、俺は積極的には死にたく無いらしい。
何も考えずとも、体が勝手に周囲の景色を観察し、ここが一体どこなのか推測する頭の動きが止まることはなかった。
生きるチャンスがあるのなら、そのために全力をかけるくらいのつもりはあった。
しばらくそんな風に色々と考えていると、遠くから、コツ、コツ、という足音が聞こえた。
その足音の主は俺の牢獄の前で止まり、こちらを見つめて言った。
「目覚めたようですね」
「……あんたは?」
見るからに胡散臭そうな男だった。
長髪にモノクルをつけ、ハットを被った男で……。
道化師か詐欺師かという雰囲気をしている。
だが、どちらも違っていたようだ。
男は俺の質問に答える。
「私は奴隷商人のクロッカーと申します。そして貴方は……シン・ユキトメ。私の持つ商品の一つです」
「つまり……俺は奴隷……?」
バカな。
そんなことになるようなことを、俺は何もしていないぞ。
スラムでボコボコにされたし、無一文にはなったがそれくらいで……。
「そうですね。スラムの人間が仕留めたから仕入れないかと私を呼びにきたので、じゃあ買おうかなと」
「……そんなことが許されているのか」
少なくとも日本じゃ100パー無理だ。
だが、悲しいことにこの世界は日本でもないし、地球でもない。
倫理観もなければ基本的人権も存在しない。
クロッカーは続ける。
「厳密なことを言うのであれば、グレーですね。ただ、そのことについて強く咎める人間というのは滅多にいません。いても数日以内にスラムの端に死体として転がる羽目になります」
「どうにか解放してくれたりは……?」
「もう買ってしまってますからね。高値で売るしか………。そもそも、殺されていないだけ、あなたは運がいい方ですよ?」
「スラムの連中、そこまでするのか」
「しますね。人の命なんて軽いものです」
「……でも、俺なんてどう頑張ったところで売れないんじゃないか? 別に見目が優れてるわけでも、戦闘技術に長けてるわけでもない。何も特別な力もないし……」
「いえいえ、ご心配なさらず。持ってるじゃないですか、その……《いじめられっ子》ですか? かなり珍しいですよ」
「なぜそれを」
「寝てる間に鑑定したからです……というのもありますが、私は個人でもある程度鑑定できるスキルも持っていますからね。それを確認したからスラムの人間などから貴方を買ったんですよ」
それがなければ放置でしたし、多分そのまま殺されてたでしょうね。
淡々とそう告げるクロッカーの言葉に嘘は含まれていないようで、奴隷身分になってしまったとはいえ、俺は命拾いはしたようだ。
どうやら捨てる神もあれば拾う神もあるということらしい。
どうにかここから巻き返しを……。
「ま、使い方もわからないようなスキルを持っていたとしてだからなんだという面もありますからね。好事家に売れれば御の字かもしれません」
「それまで宿や食事は……」
「もちろんこちらで見ますよ」
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