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5日目

 意外に俺はこの世界に馴染めるかもしれない。

 日本と比べれば文明が進んでいないように感じられるこの世界だ。

 当然、そこに住んでいる人々の性質もまた、相当に粗暴なのだろうと思っていたが、宿の主人や昨日一緒にどぶさらいの仕事をした冒険者なんかを見ると、そこまでひどいということもない。

 どんな世界だろうと人間なのだから、軋轢を生まないように適度にコミュニケーションを取りながら、みんな生きているのだろう。

 そして、そんな世界なら、普通に仕事をコツコツやっていけば、なんとか俺でも暮らしていけるだろう。


 もちろん、元の世界に未練がないわけじゃない。

 家族との関係は微妙だし、学校生活は最悪だったが、日本という国の便利さはこの世界とは比べ物にならない。

 今泊まっている宿も、清潔さとか、そういう部分を見るなら十分なのだが、当然、部屋に水道や風呂やシャワーがついているわけではないし、ベッドだってスプリングのついたマットレスや触りごちのいいシーツが敷いてあるわけでもない。

 その他にも、細かいところを見ていけば、キリがない。


 贅沢を言っていることはわかっているので、気にしないようにはしているが、日本で培われた軟弱な精神は、便利なあの国での生活に戻りたいという気持ちを完全に消滅させることは出来ないようだった。

 それとも、この世界で何年も過ごしていけば、いずれそういう気持ちも消えていくのだろうか。

 分からない。

 分からないが、今の俺の現実は、しっかりと仕事をして日銭を稼ぐことくらいだ。


「ええと、今日は……」


 そんなことを考えながら、依頼票がいくつも貼り付けてある掲示板を見つめる。

 先日は最初だったから、ギルド職員が依頼を選んでくれたが、通常はこうやって自分で選ぶものらしい。

 もちろん、職員に頼めばいつでも良さげな依頼を選んでくれるようだが、彼らも冒険者一人一人の事情を常に全て把握しているわけでもない。

 ミスマッチが起こる可能性もそれなりにあるそうで、それを考えると自分で選んだ方が都合のいい依頼にありつける場合も多いという。

 それに、依頼を選ぶにも選別眼というか、経験をつけていかなければ、一端の冒険者にはなれないということで、俺はよっぽど困らない限りはこれからは自分で選んでいこうと思っている。

 ちなみに、これらのアドバイスは先日の冒険者から受けたものだ。

 参考になって助かっている。


 そんなわけで、俺は掲示板をしばらく凝視していたのだが、急にギルド内が騒がしくなる。

 振り返ってみると、そこでは冒険者同士が揉めているようだった。

 どちらもかなり屈強な体をしていて、まさに冒険者然としている男たちだった。

 俺が受けられないような、いわゆる魔物討伐とか護衛仕事とかで生計を立てているのだろうと思しき彼ら。

 そんな彼らが喧嘩しているとなると、俺のような貧弱な冒険者は危険だ。

 だから出来る限り離れた位置に行こうとしたのだが、男たちは徐々にこちら側に近づいてくる。

 別に、俺をどうこう、なんていうつもりはなく、ただ殴り合いの結果、吹っ飛ぶ方向がたまたまこちらだっただけだ。

 しかし、あまりにも俺は運が悪かった。

  

 男の片方が殴られて俺の方に吹き飛ばされる。

 男は反撃すべく、すぐに立ち上がったが、相手の男も即座に距離を詰めてきた。

 男はそんな相手の男の動きを察知し、すぐに構えてその場で受けて立つ。

 この一連の動きが、俺にとっては問題だった。

 そのことにこの時の俺は全く気づけなかった。

 男が構えた場所は、俺の目の前だった。

 屈強な背中に慄いて動きを止めてしまっていた俺。

 構えた男に向かって、相手の男のパンチが迫った。

 構えている男はしっかりとそのパンチを見切り、避ける。

 いい動きだ。

 それは別にいい。

 だが、相手の男が外したパンチが向かった先は、俺だった。

 

 戦う力などない俺は、当然そのパンチを真正面から受けて、吹き飛ばされる。

 そしてそのまま、俺は気を失ってしまった。


 *****


「う……」


 目が覚めると、俺はギルドの中にあるベンチに寝かせられていた。

 立ちあがろうと体に力を入れると、節々が痛む。

 特に、足が恐ろしいほど痛むので見てみると、そこには添木と包帯があった。


「骨折されているようなので、応急処置はしておきました。完治には一月程かかるでしょうね」


 ギルド職員がそれだけ言って去っていく。

 冷たいじゃないか、と思うが、まぁそんなものか。

 その後、その辺の適当な冒険者を捕まえて俺が気を失った後、どうなったか事の顛末を聞く。

 それによると、あの喧嘩していた冒険者たちは二人とも最終的に治安騎士に 連れていかれたらしい。

 治安騎士、それはこの世界における警察のようなものだ。

 冒険者としても降格となるらしく、結構厳しいなと思う。

 ただ、俺にとって重要なのは、その二人がしばらくの間、どこかの留置場に入れられて、出てこられないという事の方だろう。

 それはどういうことかというと、賠償は期待できないということだ。

 この世界には、即座に傷を治すための魔法薬というものが存在するが、俺の骨折も高めのものを使えば治すことはできるらしい。

 ただ、その値段を聞けば、今の俺に買えるような価格ではなかった。

 かといって、犯人たちに支払わせようとも連絡も取れない。

 裁判で……なんて、日本のような制度を気軽に利用できる感じでもないようだ。

 仮に利用したとしても何ヶ月もかかることもあるようだ。

 そうなると、俺は破産する。

 いや、すでにもう破産への道に乗っているようだ。


 この足では、依頼を受けることもできない。

 雑用系依頼は、そのほとんどが健康体であることを要求するものばかりだ。

 この足ではどぶさらいや草むしりすら満足にできない。

 詰んだ、と言っていいだろう。


 これからどうすべきか。

 とりあえず、宿は引き払うことにした。

 毎日収入があること前提で泊まっていたのだ。

 払う宛は無くなってしまった以上、出ていくしかない。

 宿の主人にどうしたのか聞かれたが、適当に誤魔化した。

 もう金が払えないんですとは、言いにくかった。


 寝床はどうするか悩んだが、目立つ通りで寝ていたりするとそれこそ治安騎士がやってくるのはもう知っていた。

 だから、探しに探して……結局、スラムの隅にたどり着いた。

 治安は表通りと比べると最悪だが、他に行き場所がない。

 警戒して眠る必要がある……。


 はぁ。

 異世界というのは、チートとかなんとかでウハウハという話ではなかったのだろうか。

 まぁ現実はこんなものだろうが。

 そもそも、こっちに来てからチートなんて何も発揮できていないからな。

 せめて明日は今日よりも良い日でありますように。

 そんなことを願いながら、俺は眠った。

読んでいただきありがとうございます!

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