4日目
「戦闘系のスキルをお持ちでないとなると、やっぱりおすすめできるのはいわゆる雑用系依頼と呼ばれている依頼になりますね……念の為、もう一度お聞きします。何か戦闘系のスキルなどは……?」
目の前の受付に座る、感じのいい女性ギルド職員が気遣わしげに俺に尋ねる。
ここは冒険者ギルド受付で、俺は冒険者として登録しようとしているところだった。
宿の主人に、短気な人間が少なくないから気をつけろと言われた冒険者ギルドだったが、天気のいい日中だったからか、ギルド内部はカラッとしていて雰囲気も悪くなかった。
併設で酒場があるから、酒に酔った冒険者もちらほらいるが、タチの悪い酔い方をしてるような者もいなかった。
全く絡まれなかったかと言われると微妙なところで、見ない顔だから冒険者ギルドについて案内してやるとか言われて、酒臭い男に肩を組まれたりはしたが、本当に言葉通り案内と説明をしてくれて、むしろ助かったくらいだった。
それもあって、登録について聞かれること、注意すべきことも事前に分かっていたからその辺はスムーズにいったわけだ。
ただ、説明された内容に中に、やはりだいぶ世知辛いというか、俺にとって困った話もあって、それはいいスキルがない冒険者は稼ぎを増やすのは中々難しいということだった。
俺のスキルは……碌でもない。
というか使い道すらよく分からない。
そういうものだった。
名前から見るに使えるようにも思えず、また手持ち無沙汰の時に実際にちょっと使ってみたが何も起こらなかった。
日本にいた頃にちらっと見たことのある転移転生もののアニメからすると、不遇なスキルは使えるもの、なんていうのは定番かもしれないが、流石にそれで俺のスキルは選ばれしもので使えるものなんだ、などと思うのは無理だった。
何か使い方が間違ってるんじゃないかと色々試してはみたんだけどな……。
まぁ、試し足りないのかもしれないが、何も思いつかない以上、今は何もできることはない。
だから、ギルド職員に答えられる言葉は一つだった。
「すみません、本当に戦闘スキルと呼べるものは何もないんです……」
「そうですか……それでしたら、雑用系の依頼をおすすめすることになりますが、それでも構いませんか?」
「とりあえず、最低限の生活が出来る程度の稼ぎが得られればいいと考えているのですが、可能でしょうか……?」
「日に二件か三件ほどの雑用依頼をこなせば、宿に泊まる程度の金額にはなるかと思います。この依頼の報酬ですと……」
そこで俺は、具体的にどれほどの報酬を依頼達成によりもらえるかを説明された。
そもそも、この世界の金銭は元の世界よりわかりにくい。
為替とかそういうものが発展しておらず、金銭の価値が正確に定義できないからだろうと思うが……。
例えば俺が今いる国、ジーラ王国において主に使われているのは、ジーラ金貨、ジーラ銀貨、ジーラ銅貨と呼ばれるものだ。
これらは分かりやすい。
どれも普通の金貨銀貨銅貨だからだ。
ただし、それぞれの交換比率は安定していないようだった。
大まかに、銅貨十枚が銀貨一枚、銀貨十枚が金貨一枚、ではあるらしいが、銀貨八枚が金貨一枚の時もあるし、銅貨五枚で銀貨一枚の時もある、そんな感じだ。
人によるし店にもよる。
また、この国ではジーラ金貨が主だが、他の国の発行する貨幣が使われることもあるし、また滅びた国の通貨が使われることすらある。
どういう価値があり、どういう交換比率になるのか、それを正確に判断するには今の俺には知識が足りなさすぎる。
いずれ慣れて覚えられるのだろうが……それまではコツコツ記憶して試し、失敗していくしかないんだろうな。
異世界で生活する、というのはこういう微妙に面倒くさいことを片付けていく作業が必要らしかった。
そのうちの一つに、雑用依頼を一つずつやっていかなければならないというものもあるというわけだ。
「では、本日はこちらの二つをお受けになるということでよろしいですね?」
ギルド職員と相談の上決めた依頼は、王都の水路のどぶさらいと、少し広めの家の庭の草むしりだった。
どちらも報酬額は同じくらいで、銀貨一枚ずつだという。
まぁ、悪くはないんだろう。
昨日泊まった宿は、一日銀貨一枚だった。
つまり、この二つをこなせば二日分になる。
日本円に無理やり直すと、日給一万円くらいなのかな?
昨日の宿はビジネスホテルより広かったし、食事もついてきたから考えようによってはもっと高いのかもしれないが……その辺の価値観は何とも難しい。
パン一つで鉄貨二枚くらいだからな。
ちなみに鉄貨は銅貨よりも価値の低い貨幣である。
これの流通量が下町では一番多いらしい。
ともあれ、金の話はこれくらいにして、早速依頼をこなしに行くか。
考えてみれば前世を含めて、これが俺にとって初めての労働だ。
ちょっとだけワクワクしなくもなかった。
*****
「キッツ……!」
どぶさらいの仕事は、思ったより辛かった。
まず匂いが清潔な現代社会で生きてきた俺からすると大変厳しいというのがあったが、それよりも単純に体力が辛かった。
ドブに溜まった泥土の重さときたら、ひと掬いで金よりも重たいんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「……俺のスキル、ここで役に立ったりしないんかな」
「どぶさらいで一体どんなスキルが役に立つって?」
隣で同様の作業をこなしている男が言ってくる。
二時間ほど同じように辛い目に遭っているので、割と会話していて、結構すでにきやすい関係になっていた。
だから俺は言う。
「……《耐える》ってスキルがあるんだよ」
「《耐える》? へぇ、聞いたことねぇなぁ……いろんなスキルがあるもんだ」
俺にとってはそこそこ思い切って言ってみたことだったが、思ったより反応がだいぶ薄かった。
「そういうスキルって意外にあったりするのか?」
「スキルなんて星の数だからな。使えないスキルも山のようにあるし……あ、俺のスキル聞くか? 《ほっぺたが伸びる》だぜ」
そう言いながら、男は自分の頬を伸ばす。
びっくりするくらい伸びて、ちょっと驚いた。
「ははっ。驚いてくれたようでなによりだ。ウケは狙えるんだけどなぁ」
「俺の《耐える》もウケくらい取れたらなぁ……」
「使い方分からねぇタイプか? ま、よくあることだ。死ぬまでにわかれば御の字だが……お互い頑張ってこうぜ。人生、生きてりゃいいことがあるもんよ」
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