18日目
王都近くにあるため、王都の冒険者が挙って向かう《平常の迷宮》。
この迷宮の特徴は分かりやすく、非常にノーマルな魔物ばかりが出現する。
魔物というのは一言に言ってもかなりの種類がある存在で、例えばゴブリン一種をとっても、何十、何百もの亜種・派生種・上位種が存在する。
その全てを知っている者、見たことある者は神以外には存在しないだろうが、酔狂な学者たちが記録し、ある程度は図鑑の中で見ることが出来る。
それでも毎年、新種ではないかと言われる魔物がそれなりの数見つかるのだから、魔物というものは恐ろしい存在であると同時に、神秘の存在でもあるのだなと思う。
しかしだ。
《平常の迷宮》に出現する魔物は、それぞれの種族の標準種と言われるものが多い。
例えばゴブリンなら、ただのゴブリンが、スライムならただのスライムが多い。
この間、俺がアウロラと潜った時のように、例外がないわけではないし、迷宮というものはいつ、出現する魔物の傾向が変わってもおかしくはないのだが、今のこの迷宮の傾向は、そういう感じというわけだ。
そしてそれだけに、実力を試すには分かりやすい場所でもある。
「ゴブッ、ゴブゴブ!」
俺の前に、まさにノーマル種のゴブリンが錆びついた剣を手に飛びかかってこようとしている。
俺はそれを避け、剣で切りつけた。
首を狙うのが一番いいのだが、俺にそこまでの技量はまだ、ない。
最も大きな的である胴を狙うと、しっかりと深い傷をつけることに成功する。
《初級剣術》が、どのように動くのが効率的か、教えてくれる。
スキルの効果というのはすごいもので、動き方が分かるのはもちろんだが、相手の動きがどのように進むかもうっすらわかる。
ただこれは、ゴブリンが持っているのが剣だからかもしれない。
また、実力が明らかに俺より下だからというのもあるだろう。
事実、アウロラ相手にしているときはどちらの勘も全く働かなかった。
スキルの教えてくれることにばかり寄りかかるのは、問題というわけだな。
あくまでも、見本・指針程度のものと思っておくのが正しいかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は深傷を負い、苦しそうな目でこちらを睨むゴブリンにトドメを刺した。
「……これくらいの相手なら、危なげなくやれるみたいだ」
俺は一人、そう呟く。
以前であれば、ギリギリの戦いをするしかなかったような相手である。
それが百回やれば百回勝てるだろうという腕にいつの間にかなっていることに驚く。
アウロラの地獄のしごきは、しっかりと意味があったらしいと改めて理解した。
あれで無意味だったらキレるどころでは済まないからな……。
しっかりと解体もしていく。
ゴブリンの素材で有用なのは、魔石だけだと言われている。
アウロラの教えてくれた豆知識によると、その肉を食べる地域もあるらしいのだが、あまりおいしくはないという。
食べたことがあって、その場で文句も言いにくかったとも。
あそこまで苦々しい顔のアウロラは滅多に見ないので、相当な味だったのだろうなと想像がついた。
なんでそんなものを食べるのか、という俺の疑問には、その地域は飢饉が定期的に起きるほど土地の力が弱く、食べられるものはなんでも食べようとした結果、食べるようになったらしい。
珍味ではあるので、酒の肴として少量食べる人間は意外に結構いるという。
それでも、冒険者組合は特に買取などしていないのは、それこそ簡単に確保できる素材だからだろう。
「……お?」
解体を終え、少し歩くと、通路の向こう側から戦闘音が聞こえた。
俺はちょうど近くに曲がり角があったので、そちらの方にずれる。
直進すると他の冒険者とぶつかってしまうからだ。
大抵の冒険者は迷宮内で出会したところで揉め事にはならないが、俺が骨を折った時のことを思い出せば、それなりに喧嘩っ早い迷惑な奴らがいることも簡単に想像がつく。
一度痛い目にあっている俺は、その危険を踏むことを可能な限り避けたかった。
その後も何度か、他の冒険者たちのものと思しき戦闘音を聞いたが、そのいずれも俺はうまく避けた……つもりだったのだが。
「く、くそっ! 下がるぞ! イリーナ!」
「うん!わかったよ、リックくん!」
そんな声と共に、通路の向こう側から少年と少女がこっちに向かって走ってくる。
彼らは俺の存在を視界に入れると、
「えっ、あ! そこの人! ごめん! 魔物が来るから逃げろ!」
そう叫び出した。
……迷惑な。
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