2日目
……。
…………?
……あれ?
おかしいな。
俺がまず最初に思ったのは、それだった。
だってそうだろう。
俺はさっきまで一体どういう状況だった?
真夜中の散歩中に、一切スピードを緩めずに突っ込んでくるトラックの真正面に居たんだぞ。
それなのに……それなのに、何の衝撃も感じなかった。
追突された結果、何かしらの認知機能が狂ったか?
いや、そういうことでもないだろうと冷静な頭で考える。
なぜって、もしそうであるならば少なくとも最初に衝突された瞬間については認識できていて然るべきだ。
その後、何もわからなくなるとか、そういうことになるという流れになるはずだ。
でも、今の俺は何の衝撃も感じていなかった。
それどころか……どこかに立っている?
どこに?
軽いパニックになりつつも、俺はそこで初めて目をゆっくりと開いた。
そして周囲を見回した。
俺はそこでひどく驚く。
その理由はいくつかあるが……とりあえず、まず目に入った人々の格好がおかしかったからだ。
何なんだ、あの場違いな服装は……。
複数の人がいたが、そのうちの何人かが金属製の鎧を纏っている。
腰には剣が下げられていて、明らかに実用品だろうと思しき重みが感じられた。
さらに全身を覆う厚ぼったいローブ姿の老人もいて、彼は古ぼけた、しかしどこか歴史の感じられる杖を持っている。
そんな人々の中でも、最も目立っている人物など、見ものだった。
明らかに王様だ。
王様としか言えない格好をしている。
服装だけならば何か、高貴な……貴族などなのだろう、と言えるのだろうが、彼は王冠を被り、錫杖を持っているのだ。
下品には感じられず、静かな威厳がそこにはあった。
そんな彼が、何か言いたげな様子で俺を見つめて立っていた。
そこまで確認して、俺は、まさか、と思う。
まさかそんなはずがないだろうと。
けれど王様……らしき人物は言うのだ。
「……おぉ、来てくださった。我らの救い主が……勇者さまが……!」
あり得ない。
俺は心の底からそう思った。
*****
「……つまり、俺は異世界から貴方達によって召喚された存在で、勇者である、と?」
王様達から聞いた話によると、どうもそういうことらしかった。
俺が今いる場所は日本ではなく、ジーラ王国と呼ばれる異世界の国の王都ラデンにある王城の《祈りの間》であり、ジーラ王国の賢者である爺さん……フレイメルの主導する召喚魔術の成功によって召喚されたのだという。
馬鹿げた話だと思った。
そんなことありうるはずがない。
異世界なんてあるわけがないし、あるとしても世界の壁を超えていくなど、できるはずがない。
科学技術の進んだ地球でだってそんな方法はないのだ。
見るからに文明レベルの低そうな様子の彼らに、そんなことを実現するなど……。
と、そこまで考えてから思った。
召喚《魔術》と言ったか?と。
詳しく聞けば、この世界には魔術が存在し、人間の技術のみによって出来ないようなことも、様々な存在の助けを借りたりするなどして部分的に可能にしているということだった。
わかりやすいところで言えば、科学技術によって空を飛ぶことは、この世界の人間には出来ないが、魔術を使えば可能な者は少数ながらいるという。
魔術なんてバカなことを、とは言えなかった。
フレイメルの爺さんが、目の前で簡単でわかりやすい魔術というものをいくつか披露してくれたからだ。
明らかに何もない場所から何らかのエネルギーが発生し、現象を作り出していた。
火の玉とか、水の玉とかだ。
こんなことは地球では無理だ。
手品師であっても相当難儀するだろうことは分かる。
だから信じざるを得なかった。
そして諸々受け入れた俺は、改めて確認として尋ねたわけだ。
俺の立場を。
すると、勇者だというのだから……。
王様は言う。
「……貴方様が勇者さまでいらっしゃることは、ステータスによって確認できるはずです」
「ステータス?」
「勇者さまの世界にはないのですか? 個人の……能力などを端的に表した表示を呼び出すことが出来るのですが」
ないというか、ゲームなどには存在する。
だが現実世界にはもちろん、あるはずがない。
「あの、それって一体どうやって呼び出すのでしょうか」
「言葉で、ステータス、と口にするか、ただ強くそう念じるなどの方法があります。どちらでも構いませんが、ぜひ確認していただきたい」
「……分かりました」
言われて、何が起こるか分からないから言葉で口にするのではなく、念じる方法で試してみた。
すると、目の前に透明な板のようなものが出現し、そこには確かに俺の能力値などが記載してあるのが見えた。
なるほど、確かに俺の能力値っぽいな、とその内容を読みながら納得する。
いずれの能力も低空飛行というか……ダメなやつのそれという感じだ。
異世界に勇者として呼ばれた、なんていうから、それなりに使える存在になっているのではないか、と一瞬期待したのだが……所詮、こんなものかとため息が出る。
しかも、だ。
勇者として呼んだと王様達は言ったが、これは……。
どうしたものか、と悩んだ俺が、王様の方に視線を向けると、彼の表情は先ほどまでと比べ、大きく変化していた。
「これは……一体どういうことだ、フレイメル」
「いえ、その……何かの間違いかと」
「間違い? この者の称号欄には《勇者》の文字は一文字もないぞ。それどころか、《いじめられっ子》などとすら書いてある始末だ。お前はこの者が《勇者》だと?」
「それについては……違うとしか……」
「で、あろうな……ふむ」
そこまで聞いて、どうやら俺のステータスはここにいる者たちに見えているらしい、と気づく。
言葉にするとか念じるとか、関係なかったようだ。
困った。
そんな俺に、王様は少し気の毒そうな、しかし決然とした表情で言った。
「すまない。どうやら人違いだったようだ……だが、元の世界に戻す術はない。とりあえず、支度金を渡すゆえ、今後この世界で生きる術を見つけてほしい」
俺はすぐに王城から放逐された。
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