*日目 運命
ガツガツと、野良犬のように飯を食べる奴隷……いや、シンを私は見つめる。
この館に住んでいるのは、今は私とシンだけだ。
以前は使用人も雇ったりしていたことがあったが、その時の者が倉庫に入り込んで色々と物色していたことが発覚したため、人を雇うのをやめたのだ。
それなりの冒険者である私の館の倉庫には、売れば一財産になりそうなものが多数ある。
正直、それくらいくれてやってもいい。
倉庫に投げ込んで放置しているだけのものも結構ある。
ただ、信用できない者を自分の縄張りに入れ込んだままにしておくのは流石の私も不快だった。
いつでも殺せるとしてもだ。
その点、シンは……奴隷は裏切らない。
魔法契約書によって強固に結ばれた関係を裏切るのには、相当な覚悟か、もしくはかなりの実力がいる。
そのどちらも、今のシンにはない。
いずれどちらかを手に入れる日が来たとした、その時、私は改めて問い直すことになるだろう。
私の信頼できる者として残るか、それとも……。
まぁ、今はいい。
それよりも、私はこいつを一端の腕に育てなければならない。
その過程で、私のことを心底憎むようになるかもしれないが、それはそれで仕方のないことだ。
******
とりあえず、軽く木剣を渡してから脅してみたが、びびって倒れるだけだった。
少しくらい防御するとか、何かするかと思っていたが、当てが外れたようだ。
だから、改めて何が出来るか確認するために素振りをやらせてみることにした。
ところが……。
「……はぁ、はぁ……」
ぶん、ぶん……と、そこそこの重さの木剣を振るうシン。
そこには真摯さがあって、決して手を抜いているようではなかった。
けれど、なんというか、あれだ。
あまりにも……。
「お前、もしかして今までの人生で一度も得物を手にしたことがないのか?」
つまりはそういう話だ。
普通、これくらいの年齢の男なら、誰だって武器を握ったことがある。
真剣は流石にどこにでもあるとは言わないが、子供の頃のチャンバラごっこくらいなら経験していて然るべきだ。
少なくとも、多少は暴力に慣れておかないと、魔物がいつ襲ってくるのか分からないのだから。
とはいえ、才能の多寡というのがあって、全く戦うのに向かない者もいるし、そもそも戦いそれ自体を生業にするところまで行く者は少数派だ。
大抵の人間はせいぜい、襲いかかってきたゴブリンなんかを追い払うレベルで止まる。
子供の頃の遊び程度ではそれが限界ということでもある。
しかし、シンの技量の低さ……というか屁っ放り腰は本当に全く武器を振ったことのないものの動きでしかなかった。
だからこその私の質問に、シンは答えた。
「え? ええ……そりゃ、ないですよ」
「子供の頃、誰かと喧嘩したりとかしなかったのか。何か棒を持ったりして」
「いや、そんな暴力的なこと出来ませんよ……」
暴力的、暴力的か。
いや、確かにその通りなのだが、何かこのシンの言葉には私がその言葉から受けるものとは異なるニュアンスを感じる。
一体……いや、異世界の人間というのは感覚が違うということだろうか。
しかし、今はそのことを私が知っていることは伏せておきたい。
変に不信の種を植え付けるわけにもいかないからだ。
だから、とりあえずこの辺の疑問は流すことにして、訓練はとりあえず単純なものに移ることにした。
「そうか、わかった。まずお前は頭の切り替えを学ぶ必要がありそうだ」
「頭の、切り替え?」
「つまり、さっきの続きだ。結局それしかないからな……」
「え、またあの地獄のような攻撃を避け続けろってことですか……わっ!」
シンの言葉の途中で、私は木剣を彼に向かって振り始める。
反射神経については結構いいようで、ギリギリのところを狙っているつもりなのに妙にひょいひょい避けるため、面白い。
流石に本当に本気で攻撃したら一撃で終わることは目に見えているため、あくまでも彼にギリギリ出来るだろうことしか求めるつもりはなかった。
しかし、そんなことも何時間もやっていれば限界がやってくる。
私の攻撃が徐々に命中していく。
本気で避けなくなった、というか、精神力が続かなくて避けられなくなってきたのだろう。
まぁ、初日でここまで粘れるのなら十分なので別にいいのだが……とりあえず気絶させて終了にするか?
そう思ったその時。
シンが何かをぶつぶつと呟き始めた。
まずい、追い詰めすぎたか?
そして、シンの視線が突然、鋭くなり……。
「っ!?」
私の頬を何かがスッと通り過ぎる感覚がした。
今のは……なんだ?
頬に触れてみると、そこには僅かだが血が付いていた。
明らかにシンが何かやったわけで、それに気づいた時、私はつい笑ってしまった。
私に傷をつけられる者が一体どれくらいいるだろう。
その一人が、私がつい先日拾った奴隷だというのだ。
これほど面白いことはない。
シンはそれにどうもドン引いていて、ただあまりの疲労の故かそのまま崩れ落ちた。
これは、もしかしたら運命というものを感じてもいいのかもしれない。
そんなことを私は思った。
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