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異世界に飛ばされたのでたまに日記を書くことにした。  作者: 丘/丘野 優


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17/31

*日目 邂逅

「……ではこちらに。とは言っても、先ほどお茶を出していた者ですから、見覚えはあるでしょうが」


 クロッカーに連れてこられたその奴隷の印象を言うのなら、それは、くたびれている、その一言だった。

 と言っても服装の話ではない。

 クロッカーは一流の奴隷商人であり、その商品である奴隷に不潔な格好をあえてさせるようなタイプでもなかった。

 そもそも購入しに来るのがそれなりの立場、資産を持つ者ばかりなので、汚れた奴隷を右から左に流すように売るような奴隷商人とは話が違うのだ。

 ただ、非常に疲れているような雰囲気があって……でも、それは生きることを諦めているようではないという、二律背反な少年が彼だった。


「ふむ……なるほど。確かに先ほど見たが……あまり気配がしなかったな」


 言いながら、その少年を矯めつ眇めつ見る。

 改めて見ると変わった色合いだ。

 黒目に黒髪、肌の色は日にあたっていないからか蒼白に近いが……。

 また体付きも華奢だった。

 一体どんな生き方をしてきたのか、筋肉のつき方から想像できないことは私にとっては珍しいことだ。

 強いて言うなら、学者などがこのような感じだが……《勇者召喚》で呼ばれるのが学者ということもあるまい。

 

 それにしても、やはり驚くのはその目の光だった。

 だから、つい、私は口に出した。


「良い……実にいいな」


 そんな私の言葉にクロッカーは目を見開く。


「……これは意外ですね」


 私は続ける。


「こいつが? 奴隷? 全く目が死んでいないではないか……面白いな」


 お茶を出していた時に気に留まらなかったのは、奴隷だと思わなかったからだ。

 普通の使用人、そんな感じでいたから。

 奴隷には、奴隷になった時点で独特の陰気な気配がまとわりつくが、この少年にはそれが一切ないのだ。

 まるで、自分がどんな立場に置かれているのかわかっていないかのようだった。

 これは奴隷ではあるが、心まで奴隷になっていない者なのだと理解した。

 だからこの機会を逃さないよう、わたしは早い段階で言った。


「いくらだ。買う」


 流石のクロッカーも、勧めたとは言えここまで即決だとは思っていなかったようで、色々と言う。


「いえ、あの、その者は先ほど紹介した者たちと比べて何の取り柄もない奴隷ですが……よろしいので? 勤勉さや飲みこみの良さはありますから、使用人としてはそれなりに有用とは思いますが、お探しになられているのはそういった用途ではないのは……」


 さっきはそれなりに評価しているようなことを言っていたのに、少年を卑下してそんなことをつらつら述べる。

 まぁ、これは私に対して、というよりこの少年に対して言っているのだろう。

 お前は大した価値はないが、買ってくださるご主人様が過分にも高い評価をして下さっているようだ、と。

 そうしてご主人様に対する忠誠の種を植え付けるわけだな。

 一流の奴隷商人の手管というわけだ。

 私としてはそこまでせずとも構わないのだが……まぁ、適当に乗っておくか。


「いや、こいつで構わない。価格は……ふむ、安いな。即金で払おう」


 クロッカーが提示した額は実際のところ言うほど安くはない。

 それどころか、この年代の、さほどスキルのない者の相場から考えると高額だ。

 だが……私は出しても全く惜しくはないと感じた。

 私の意向を理解したクロッカーは目配せし、頷いて言う。


「……わかりました。ではこちらが契約書になります……」


 手続きは簡単なものだ。

 魔法契約書によって奴隷の権利義務と、自分を買い戻す場合に稼ぐべき額と方法など、その他細々とした細則を取り決め、契約するのだ。

 この時には、いかに奴隷であっても全ての条項をしっかりと読み、また読めない場合は読み上げてもらって理解する時間が与えられる。

 そうでなければ魔法契約書は機能しないからだ。

 魔法契約書は、魔術によって作れるものだが、その根本的な原理は神の力の範疇に近いところにある。

 詐欺的な契約は容易に結ばせることは出来ない。

 反面、極めて高価なので一般的な契約で良く使われるものでも無いが、唯一奴隷契約する場合には必ずこれが使われる。

 もちろん、適当な奴隷商人は使わないのだが、クロッカーはこれが奴隷に唯一許された権利だと考えているらしく、彼が譲渡する奴隷については全て必ず使われるのだった。


 そんなわけで、契約を結び、服装などを整えた後、私は彼を……奴隷の、シンを家まで連れて行った。

 最初、彼は私の館の大きさに慄いていたが、その割にはすぐに慣れた。

 自室に向かう彼に、私は話しかける。


「あぁ、今日は気にしないでいいが、明日からお前の訓練を行うからそのつもりでいろ」


 そうしなければ、相棒は育てられない。

 そう思っての言葉だったが、そんなことなど知らないシンの表情は絶望に染まっていた。

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