15日目
「……ふむ。君はちょっとおかしいね」
軽い様子でリューがそう呟いた。
すでに俺は台の上での拘束を解かれており、自由だ。
奴隷なのに自由とは?
という気がしないでもないが、ご主人様のアウロラの俺に対する扱いはなんだかんだ、悪くはないと感じている。
確実にクソ女だとは思うが、それはそう思ってないと訓練に耐えられないからであって、本当に碌でもないご主人様というのはそれこそ犬の餌にしかねないような奴が普通にいると奴隷商館で聞いていたからな。
それに比べれば何のこともない。
ただ……。
「毒をあれだけガブガブ飲ませておいて、それはないんじゃないか?」
俺はリューに思わずそう言った。
《実験》される前は、敬語を使おうとする意識がまだかろうじて残っていたが、もうそんな気にすらならない。
こんなマッドサイエンティスト相手にそんなもの使っても意味がないだろう。
そもそもこいつはそういうの気にしなさそうだ。
そう意味でなら、アウロラもおそらく気にはしないだろうが……。
「そんなこと言う割に、元気そうな君の姿を見ているとねぇ……」
「……不本意ながら、それは俺も同感だけどな」
「まぁ、最初から使い物にならなくなると困ってしまうと思って、弱毒の類を基本に試したからね。それでも少しくらいは調子悪くなっていて然るべきなんだけど……だって君、解毒剤すら飲んでないじゃないか」
意外なことに、そこそこ配慮はしてくれたらしい。
弱毒を飲ませることを配慮と言えるのかどうかは一般的には微妙だろうが、致死量の強毒を飲ませられることと比べればマシなのは間違いない。
「どうしてだろうな? ……もしかしてスキルが多少は効いてるのか?」
ふとそう呟くと、リューは聞いてくる。
「スキルか。言いたくないなら答える必要はないが、君のスキルって?」
「あー……まぁ、いいか」
隠そうか、と一瞬思ったが、別に言ったところでどうこうなるようなものでもない。
実際、王城でも使い物にならんねという扱いで追い出されているのだ。
それに、スキルについて研究しているというリューならば、今以上に俺のスキルについて使いようを思いついてくれるかもしれない。
「で?」
「ご主人様の家にいる中で身についたスキルは大したことないから省くとして……多分、俺固有のスキルは《耐える》と《癇癪》だよ」
「……《耐える》……《癇癪》……ほう。この私にしてまだ聞いたことがないスキルだ。効果は?」
俺はリューに、アウロラと迷宮に潜る中で判明したスキルの使い方について説明した。
リューはなるほど、と頷きながら聞いてくれた。
研究者というからひたすらに自分の都合だけ優先するタイプと思ったが、意外に聞き上手なのかもしれない。
「なるほどね。ダメージの蓄積と反射か。ありそうでないスキルだ……それが毒に耐える助けになった可能性が高いね。それにしても、似たようなものは他にもあるが……」
「そうなのか?」
「シンプルに《反射》とか《反撃》というのがあるね。ただあまり強力なスキルではない」
「それはどうして?」
攻撃を全て反射したりできるのならめちゃくちゃ強そうなんだが。
しかし、そんな俺の単純な思考によって導き出された結論は外れているようだった。
「どちらも限界があるんだよ。《反射》はせいぜい、たいして強くない魔術一発程度を反射するのが精一杯だし、《反撃》もそんなものだったりね。他の似たようなスキルもほとんど同じさ」
「限界か……でも俺のスキルだって、耐えて受け入れたダメージを癇癪で放つ感じだから、限界普通にあるけどな」
そう、全て返す事なんてできない。
俺が一撃で死ぬダメージを喰らったらそれで終わりなわけだしな。
「まぁ、そこはそうなんだろうけど……君、アウロラ相手に一撃を入れたんだろう?」
「それがどうしたんだ?」
あれはアウロラが手加減していたから当たっただけだろう。
「君、アウロラ相手に傷を負わせることがどれだけ難しいか分かっていないね……」
そこから、リューはアウロラの能力についてつらつらと説明してくれた。
彼女が一流の冒険者であるらしいことは、もうすでに分かっていたことだが、リューは客観的な能力について教えてくれた。
それによれば、アウロラに対してはその辺の冒険者が思い切り剣を振り、命中させたところでその肌には傷ひとつ負わせることが出来ないらしい。
これは全く防御などしなくてもそうなのだという。
ましてや冒険者として駆け出し以下の俺が普通に攻撃したところで怪我なんて負うはずがない。
それなのに、スキルを使って一応、傷の一筋くらいはつけることができた。
これは異常なのだという話だ。
「そこまで強かったのか……あの女……」
「まぁ、スキルが良くてたまたま傷を負わせられたくらいだから、今の君じゃまだまだ足元にも及ばないね」
「……くそ」
「悔しいの?」
ふとそんなことを聞かれて、考えてみる。
……言われてみると、ちょっと悔しいな。
別にご主人様なんだし、勝つ必要もないんだろうが……少なくとも、まともに戦えるようになりたいという気持ちはあるようだ。
まぁ、あんだけボコボコにされれば、それくらいの気持ちも芽生えるか。
「そうみたいだ」
「意外に男の子だねぇ……ま、分かったよ。アウロラに言っておくから、君には定期的にここに通ってほしい。そんなに頻繁にとは言わないけどね。そうすれば、アウロラに近づく手伝いくらいはできるよ」
それはどことなく悪魔の囁きのように思えたが……今の俺に断る手段はなかった。
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