第50話 異能組織②
「アダム..........?到真よ、何だそれは?」
鳴の謝罪コメントを受ける中で到真が呟いた言葉に夜月が反応する。
「あれ?聞こえた?」
「うむ、バッチリな」
まさかの聞こえたという事態に到真は、社会の窓をうっかり開けたまま外出してしまったの如く恥ずかったがせめて身内だけのでとりあえずは保留とした。
今はそれよりも重いものがある。
”ADAM”についてだ。
「夜月や鳴には話してはなかったな。丁度いい、少し長話だがな」
何か良い例えものはないか、そう周りを見渡してまだ中身が残っていた紅茶が視界に入る。
そしてそのカップを持ち上げて
「異世界の魔術では人間、いや肉体を持つ生きとし生けるものは三つの要素で構成されていると言われている。肉体である物質体、心を司る精神体、生命のガソリンたる魂魄体、この三つで構成されている」
「魂については”ソウル”なんて呼ばれていることもあるが」、そう付け足して続く。
「これらの要素は綿密に影響を及ぼす。魂がなきゃ肉体は動かない。けど両方あっても繋ぎとなる精神がなきゃ嚙み合わない。これらがすべてそろって存在が確立するとされているんだ。この茶で言えばカップが肉体の役割、液体が魂、茶の成分が精神と捉えるとわかりやすいかもな」
ここまでの説明には鳴と夜月もついてこられることを確認したのでいよいよ核心へと続く。
「けど、裏を返せばこの三要素さえそろってしまえば死者だろうが何だろうが命を作れるかもしれない。そうして研究された魔術実験の名前が【人工的使役生命創造《Artificial Domesticate Alive Manufacturing》】、通称”ADAM”だ。まず対象の肉体からジーン・パターン、今でいうDNAを採取して肉体を作り上げる。次に数人のエーテルを採取、並びに漂泊処理をして純白魂魄を作り、そこにジーン・パターンと同時に解析した精神の情報体である精神階層の情報を入力して肉体に付加すれば、あら不思議死んだはずの人間ができるっていう研究だ」
確かにこの世界でも死者の蘇生に関しては鳴や夜月も研究されてきたことは知っていたが、ここまで理論が発達したものはなかった。今まで聞いてきた中でも確実性がそこにはあった。
しかし
「けど到真君それって............」
「言わんでもわかる。厳密に言えば本人と全く同じでも本質は異なる存在だ。けど考えてもみろ。死んだ恋人や子供が例え本質は別人でも、本人の記憶、趣味、何もかもが同じ状態でいてくれたら、最強の過去の英雄が蘇ってくれたらをな」
そうした言葉で鳴は自身の母である鳴海のことが頭に浮かんでしまった。
自身の為に命を捧げた。無論そのことは感謝しきれないし、術師として戦いの人生を生きてきた鳴にとってはいつか別れは来るものだと覚悟していた。
けどあの温もりをもう一度味わえたら、今、目の前に現れてでも話が出来たら、そうしたことが度々頭の中でよぎり、そこに胎児のころにいつの間にか魂を改造されて生まれた自分の出自も相まって、どうしても今の話は完全に否定することは出来なかった。
「しかしその口ぶりだと成功しなかったように見えるが」
「ああ、実際に成功しなかったからな」
どこか過去のもののような口調から顛末を予測した夜月を到真は肯定した。
「第一の欠陥に俺たち..........いや異世界式の魔術で使われる魔術言語ではどうやってもこの三要素を合わせる術式が組めなかった。いわばルーンの機能限界ってやつだな。他にもエルフの精霊魔術や死霊魔術でも完全には出来なかった。精々アンデッドが生まれてしまったくらいだ。」
「他にもあるの?」
「むしろそっちがメイン」
鋼だけじゃ鋼を上回れない、そう例えた到真に続いて鳴の質問に答える。
「さっきに出てた魂の核となる純白魂魄だが、一人分の精製には複数の魂を丸々使う必要があった。多くの人から少しずづ集めてもダメ、完全な生贄が必要だったことが発覚したんだ。」
「それじゃあ一人を蘇らすのにそれ以上の命が失われること!?」
「ああ、そこに加えてより強い人物の蘇生には最低でもその十倍の数の命が必要だったんだ。肉体と精神に耐えれる魂がそうでもしないと作れないからな。こうした倫理的問題と費用対効果の二つの面からこの研究は廃止されたっていうことだ。」
”ADAM”のおぞましい事実に言葉が出ない二人だがここで一つの疑問が生じていた。何故到真は詳しく知っているのか?
「何故お主はそこまで詳しいのだ?」
「異世界時代の職業柄だな。この実験は俺が異世界に来る前に行われていたから資料だけだが目を通した事がある」
(そういえば異世界時代の到真君のこと詳しく知らないな............)
術師の世界のなかで到真との付き合いは鳴と夜月が長いがそれでも異世界時代について詳しく知らないという今に鳴は心の中でどこか置いてけぼりに感じた。
たった9歳で戦場に連れ去られて、壮絶な経験をしたということはわかっても見ている世界が文字通り違うという事実を改めて実感させられた。
それでも
(どこかでいいから知りたい........少しでも君に追いつきたい......)
「ん?どうした鳴?」
初めて自分に世界を開く手助けをしてくれた人、少しでもその力になりたいとひっそりと考えていた鳴だがいつの間にか自分の世界に入ってしまったようだ。
「え!?いや!?何でもナイヨ!?」
「ホント..............?」
「ホントホント!!」
明らかに挙動不審な鳴なのだが、到真は暫く見つめた後に気のせいか、そう結論づけて茶菓子を取り出した。
「食べるか?」
「「いただきます」」
流石に一旦休憩を挟んだが、決して忘れる勿れ。
昔に無理な技術が今では再現できる可能性があらんことを。




