第48話 異能力⑨
十数メートルは吹っ飛ばされたトイズに到真は近づく。
トイズの方は先の攻撃で打ち止めなのか人形を出す気配も一切ないので警戒はしつつもそこまでではないと判断した結果だ。
「おい」
低い声での問いかけにトイズが恐る恐るこちらへ向く。
「色々応えてもらおうか。まず、お前らは何者だ?」
「それはデスなぁ.............」
応える素振りを見せるトイズだったが途中から言葉を言わない。
初めはもったいぶっているのか、そう思ったが一向に応える気配がない。
顔をうつぶせにして一切動きがない。
通常ならしびれを切らすが到真には一つの可能性が浮かんだ。
(まさか雷崎家の奴らとおなじ............)
関係があるとしたらそれしかないので、より近づいてみようとした時だった。
「..................今である!」
「あ?」
トイズの態度に苛立ちを覚えた到真だったが、その瞬間、機体の一部が溶けて、タンクトップ一枚の薄着の少女が到真の右腕にしがみついてきたのだ。
「⁉」
「溶けちゃえ~~~~!」
一件可愛らしい声だがそれとは別に、少女がしがみついている右腕の制服、そして皮膚が溶け始めたのだ。
少女の名前はメル
異能力は”融解”で、彼女が触れた物質は強度を問わず溶けてしまうのだ。もちろん、対象の元の強度が強い物は溶かすのに時間がかかるが、それでもいずれ溶けてしまう。
ましてや人体なら5分はかからずに溶かすことができてしまうのだ。
トイズとメルがこうして襲撃した理由は、一言でいうと実力を示すためだ。
Aランク候補だが、あくまで格下のBランク扱いの二人にとってAランクを圧倒した猛者を倒したとなれば、Aランク入りは確実なものになる。
AランクとBランクでは待遇に差が大いにあることからも、Aランクの為にこうして手を組んだのだ。
まず、トイズが戦って隙を作る。そして最後にメルの溶解を決めれば、勝利は確実なものとなる。そういう算段だ。
((勝った!))
計画がうまくいき二人はほくそ笑むが彼らは一つ勘違いしていた。
否、知っていたふりをしていたのだ。
戦場帰りの少年が普通の感覚であるはずがない事を。
到真は右腕の状態を見るやなや躊躇なく自身の右腕を手刀で切り落とした。
「は?」
声はメルのものだが、同時にトイズの心も代弁していた。
しかしその暇もなく
ぐじゅ
「あ.........えぁ.............?」
メルは自分の頭から生々しい音が聞えたのと視界が半分消えたのを最後に、力なく倒れ込んだ。
「あ.............ああああああ........」
一瞬の出来事だったので、何が起きたかトイズの頭では理解出来なかった。
しかし、半分に欠けたメルの頭部と到真の口の周りに付いた血が、彼女の身に何が起こったか察するか想像も容易かった。
そして理解した。自分たちは何を相手にしたか、何に喧嘩を売ってきたか。
「面倒だし、お前の命に聞くか」
別人格ではないか、そう疑ってしまうほど能面のような変化のない表情で、冷たい声で、深淵でも見るかのように光のない眼で到真は近づく。
「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
プライドを捨て、顔面を涙と鼻水と恐怖で塗りつぶしてトイズは必死に逃げる。
といっても恐怖のあまりうまく立てず、何回もこけたので結局は距離は離れず、
むしろ縮まるがそれでも一刻もこの場を離れようと足を、手を必死に動かす。
しかしその時だった。
突如として到真が足を止めて明後日の方向へ向いた、そしてできた僅かな時間の後サイレン音がこっちへ向かってきた。
暫くして、到真がその場から消えた。
何が起こったかわからないが、ただ安堵の気持ちを最後にトイズは意識を失い倒れたのだった。
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先程の戦闘が行なわれていた所から少し離れたビルの屋上で、社会人が着るようなスーツ姿の少女が二本の指で円を作りその円の中をのぞいていた。
露草色の鮮やかな青髪を肩で切りそろえたショートに、左目は黒色の眼帯が付いている。10代後半位の顔立ちだが、その顔は麗しさと野生さが両立している。
少女のそばには自身の身長より長い、布で包まれた”何か”がフェンスに立てかけられていた。
「そっちはどうだ、リィ」
後ろから声がしたので振り返ると一人の男がそこにいた。
黒髪をオールバックにした瘦せ肉の男性だが骨太であった。リィと呼ばれた少女と同じく、スーツ姿で若干の老け顔だったが彼の鋭い目は牙を構える狼の目と同じくらいの厳しさがあった。ちなみに紙巻きタバコを吸っている。
「アスライ?、アラヴェル?、未成年でタバコはダメだぞ」
「アラヴェルだ。アスライは元の世界での偽名。あと、今年で22だ」
「噓だ、二十代後半」
「噓でもない。というか年齢云々でお前が言うな」
「レディに年齢はダブる」
それを言うならタブーだろ、そう心で突っ込んだアラヴェルだがいつもこんな感じなので無視しする。
「それよりも到真の奴は見つけたのか」
「ん、見つけた。仕掛ける」
「仕掛ける
向かおうとするリィのスーツの襟首を掴んで、アラヴェルは強引に止める。
リィの表情にこれといった変化はなかったのだが少し不服気味らしい。
「何で?任務遂行」
「タイミングを見ろと言ってんだ」
「でもこのままじゃヨルナが到真と合流しちゃう」
「ああ、だが早すぎては到真が死ぬ、遅ければ同僚二人と戦うことになるだが早すぎては到真が死ぬ、遅ければ同僚二人と戦うことになる。恐らく”貴族派”の狙いはこれだ」
「そもそも”きぞくは”って何?」
リィの無垢な質問に言いたいことが無数に湧くアラヴェルだったが、むしろ現状の整理に丁度いいとして納得させた。
「いいか、まず帝国には大きく二つの派閥がある。一つは王族を中心とした”王室派”、もう一方が貴族で大部分が構成された”貴族派”だ。ここまでは流石にわかるよな」
「うん」
「”王室派”は民衆に対してしっかりとした政治を行うことでも知られている、いわば良識派だ。しかし”貴族派”は長い年をへて腐敗した貴族の集まりだ。全てが全てそうであるとは限らんが、あまり良い噂を聞かないのは事実だ。」
「それで?」
「これらは魔族との戦争でも対立は続いていた。”貴族派”の連中は命や金に目がくらみ、同盟軍の情報を流出したり、被害が出るように画策してきた。」
「そうだったの?」
「..................話を戻すぞ。しかしそんな”貴族派”も戦争終盤で一気に力を失った。原因は”龍夜叉”だ」
「到真が?」
理解不能なリィをよそに続く。
「あいつは2年、いや4年前の任務から失踪していた半年の間で、有力な貴族の一族の大半を皆殺しにした。そして貴族派は急速に力を失い、王室派は一気に帝国を纏めた。しかし、ここ最近の事件で王室派もダメージがある。その隙に俺たちを動かして到真を始末する魂胆だろ。」
「なるほど...........つまり到真と決着をつけろと」
「...............もうその認識でいろ..............」
おつむがアレなリィにはこれ以上無駄だとして、タバコの火を消した。
「到真を失うのは俺たちにとっても面倒だ。それにもう一つの任務もこなさなければいけない。お前はこのまま到真の動向を探れ。俺はもう一方の件を調べる。」
「わかった............ねえ、アラヴェル」
「なんだリィ?」
動こうとするアラヴェルだったがリィの質問に足を止める。
「お金どうするの?」
ごくまっとうな質問に二人の間の空気が静止した。




