第36話 龍夜叉⑪
そうして到真は鳴を載せた猫神と共に到真がぶち抜いた穴から地上へと脱出した。
そこは案の定というべきか到真によって無力化され拘束されていた雷崎家と他来客の面々がカラカラのミイラとなり果てていた。
その顔は苦悶で歪んで一切の生気は無く、とても少し前までは生きていたとは思えないほどだった。
「予想していたがこれほどとは惨いな。儂でもここまでのは見たことがない」
「仕方ないだろ、自分たちの為に無関係な東京中の人間を生贄にしようとしたんだ。全てがそうとは限らないかもしれないが因果応報というやつだ。」
異世界ではこうして死体、むしろ更に凄惨なものを見てきた到真からすればこの程度では動じない。
それでも
(確実に無関係、知らされていない奴ですら死ぬのはあまりいいものじゃないな)
もし雷崎家全ての人間がこの計画を知らされて心の底から賛同していたら到真の心には何の後悔も湧かない、いやむしろ清々しくなるだろう。
しかし道中の廊下で明らかに知らない者までも死んでいるのも目撃してしまっていた。
(俺が”龍夜叉”として殺してきた一部の奴に重なってしまうとは俺も同類か)
人類のため、他の大切のため敵に与するものは連合軍のものですら切り捨てた。その中にも子供や無関係なものも遥かに少ないがいた。
何にも知らないで、何もしていないはずなのにただ殺されるの理不尽を強いてしまった。
到真も薄々分かっていたのだ。自分のやっていることは外道でしかないことを、それらしい理由で自分を肯定しているだけの、忌み嫌っていた人面獣心の者たちと同類なことだと。
それでも魔族の憎悪が、奪われてきたことによる殺意が止めることを拒んだ。
魔王との決戦の時ですら、今思えば死に場所をどこか求めていたかもしれない。
「到真よどうした?」
「いや自分もあの魔族やこいつらと同類だなって」
「それは違う」
頭をかきながら心の中で自問自答する到真が猫神の質問に答えたがその答えを猫神はバッサリ否定した。
「確かにお主の異世界での所業は簡単に許されるものではないかもしれない。しかしお主が鳴や他の虐げられる理不尽を強いられる者たちの為にやったのはわかる。これでも400年は生きているのだ。本当の外道かどうかは人を見れば直感でわかる上に外したことは200年はない。断言しようお主はあやつらとは違う」
「あまり細かい数は知らんが5桁以上は殺しているぞ」
「ならばお主は助けるべきだ。たとえ偽善と言われようが殺した以上の命を救えばよい。」
「はーい」
どこか説教じみた猫神だったが到真にとってはどこか救われる気もしないでいた。
(助ける......ねぇ........)
確かに自分はそうそう許されることはないだろうが力だけは一丁前にある。
そうして大庭へ出ると月明かりが一帯を照らしていた。
「では儂はこれで去る。鳴を件もあるし黒幕の情報収集もしなくてはいけないからな。この恩は決して忘れん。何かあったらここからすこし遠くにある水清神社の神主に相談すれば儂も協力できる。」
「あ、その件だが別案でいいか?なるべく少数で調べたいし」
「別案?」
そうして到真が懐から取り出したのは腕輪だった。中心にはエメラルドのようなものが埋め込まれているだけの質素なものだがその素材は鉄色の見た目ですら頑強さを感じさせる。
「俺が軍にいた頃使っていた通信用の魔道具だ。お互い登録しておけばどこだろうが繋がる。いちいち行かなくてもいいだろ」
「しかしこれ相当貴重な気がするぞ」
「この程度大したことじゃない。むしろこの件の先の真相をつかむためなら安いものだ。あとお互い呼び名を付けよう」
「呼び名?」
たたでさえ大盤振る舞いに加えて呼び名を付ける意味に猫神は意味がわからない。
「そんなものいらないのでは」
「お前なぁ、猫神ってことで有名なんだろ?普通にその名前使ったら他の奴ら巻き込むだろうが」
確かに猫神は妖怪としては無名だがその強さと存在は陰陽師たちに轟いている。
下手すると他のものまで巻き込みかねないということは認めざるを得ない。
「実際今考えたがいいものだと思うぜ。夜月とかどうか?」
その瞬間だった猫神は一種の自分の変化を感じた、否、懐かしい感覚を思い出したのだ。
「お主なぁ...........自分が何やったわかっているのか?」
「え、どゆこと?」
呼び名の意味を知る猫神は到真の考えなしの行動にため息をついたがどちらかというと呆れみたいなものだが肝心の本人はどういうことか一切判らない。
「まあいい、今後世話になるぞ到真」
「それはいいんだけどせめてさっきの意味だけも教えてプリーズ!」
「さらばだ」
シュバッと飛び立つ猫神は地上で到真の声を無視しつつ月夜を駆けるのだった。
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それは昔々の一幕
月夜の道中で一人の僧侶が見たのは一匹の黒猫だった。
『ぬ?お主どうした?』
『フシャー!』
『これこれ、別におぬしを食おうとは.........ん?少し見せてくれ』
黒猫は必死に抵抗するが僧侶は黒猫が右後ろ脚をけがしているの見つける。
『これはひどい。多分他の奴らがいじめたな。どれ、この程度なら』
僧侶が猫に触れると光とともに怪我はみるみる治った。
ではこれで、そう去ろうとしたが信頼したのか猫は僧侶の足にすりすりしていた。
『主も行きたいのか?』
『ナー!』
『そうかそうか。ならば名がないとな』
そうして辺りを見渡す僧侶の目に映ったのは夜に輝く銀色の月だった。
『そうさな......よし決めた。お主の名は夜月じゃ!』
『ナー!』
(儂の昔を名を当てるとは。人もまだ捨てたものではないな)
過去を懐かしならが金銀色の獅子は月夜を駆けるのであった。




