第27話 龍夜叉②
地下へと続く階段を延々と降りてしばらくすればそのには異様な空間があった。
体育館の一フロアぐらいの直径のドームといえばいいのだろう。
中心には樹木の幹のようなものが天井を突き抜けて柱の様になっているのに加えてその周りには計測器やコンピューターのような器具が接続されている。
縁の方にも生体実験で使われそうな緑色の液体に満たされたカプセルや様々な異質な物体が鎮座しており、その風景によるおぞましさに鳴は少しではあるものの震えてしまっていた。
「何を突っ立ている早く来い」
急かす厳しい祖父の声を聞き自分の目的達成のためもう一度身を密かに引き締めて声の下へ歩いて行く。
そうして向かった先、樹木のすぐそばに祖父であり現当主の茂雄がいた。
茂雄と鳴の関係は二人の間の雰囲気の通りよくはない。
茂雄は典型的な術師至上主義であり落ちこぼれの鳴に対しては孫の情を一切持ち合わせてない。一族の術師の中には『落ちこぼれの孫を処分する大義名分ができて内心喜んでいるのでは?』というほどであり、そうした経緯から鳴も形式的にか接していないし家族としても見ていない。
「何をしている、どれだけ重要なことかわかっているのか」
「すいませんお爺様、なにぶん初めてなもので」
形式的には丁寧だが礼儀がこもっていない鳴の返答に苛立ちつつも樹木らしきものに触れた。
「お爺様、それは一体何なのですか?」
「お前ごときがそれ呼ばわりs」
「私が答えよう」
鳴の質問に感情的になりかけた茂雄だったが突如として聞こえた落ち着いた声によって先ほどとは噓のように静まりまるで神の降臨を目撃する信徒の如く頭を下げていたのだ。
祖父について全くと言っていいほど無関心な鳴もこの光景には異常以外の感情がわかなかった。
異常な光景になった直後だった。
壁の一部がドアのように開いたのだ。
鳴は自身の霊力を耳に集中させて聴力を上げることで中の音を聞いた。
カツーン..............カツーン.............
硬く静かな音がこちらへと近づく。
しかしその音は鳴にとって酷く恐ろしいものに聞こえた。
もし死神の足音が存在するとしたらこのような音なのだろう。
静かな音がこちらへと近づき大きくなるとと共にその者は姿を現した。
青白で不健康をつい連想してしまうような肌の男だった。
目は黒く染まっており角膜が金色だったので瞳孔と区別がつくがもしなければ文字通り真っ黒な目となっている。
真っ白でなめらかそうな外套に身を包んでいるが身体つきといったものは普通の人間と比べても違いはないが何より違っていたのは頭部にある角であった。
その角は黒曜石のように光を吸収し、漆黒の光沢へと変えて輝いている。
もしこの者が妖怪の類であれば何とも気が楽であっただろうか。
男が無意識に放つプレッシャーは妖怪とも違うものであるほかにそこから連想される強さが今まで鳴が見てきた何よりも強い。
未知の存在、未知の強さ これら二つが鳴へと襲い彼女を動けなくさせるには充分であった。
男は周りを見渡したと思いきや先程の穴の奥へと戻るとしばらくして檻を引きづってきた。
その檻の中には信じられないものが入っていた。
「猫神様!?」
「その声....奴らではないな.......」
そこには清羅の本尊である猫神がいたのだ。
「ほう、知り合いか」
「そんなことはどうでもいい!どうして猫神様がここに!?」
「口を慎め!!」
動揺を隠せない鳴だが茂雄の一喝で遮られる。
一方男は気にすることもなく鳴へと近づいた。
「小娘、いや鳴といったな。貴様に聞きたいことがある。誰に魔力回路を構築された。」
「ッ.....!」
どうしてだ、誰にもこのことは言っていないはずなのにどうして鳴に魔力回路があることを知っているのか。
「素直に話すつもりないということか........【封じられよ】」
男が呪文らしいものを唱えた直後だった。
鳴の体は空中に縫い付けられたように指一本も動かせなくなった。
呼吸や瞬きといったのは動かせるがそれ以外には体が無いかの如く一切動かせなくなったのだ。
「何.......をッ.........」
「【コンストレイン】、拘束の魔術だ。暴れられると面倒だからな」
そうして男は鳴の顔へと腕を伸ばす。
抵抗しようにも体の方は鳴の意思に反して一切動かないのでなすすべもない。そうして虚しく男の手のひらが鳴の顔へと触れた。
「そうおびえるな、記憶を覗き込むだけだ.....................なるほど、天理到真という少年がやったのか」
「や........め.........」
「もう少し探らせてもらうか........................ん?これは...........ッハハハハハハハ!!!」
突如として笑い始めた男は鳴の顔へとグッと近づきその顔をマジマジと見つめた。その顔は無くした大切なおもちゃを見つけた少年そのものだ。
「そうか!そうか!貴様か!道理であちらの魔術に適正があるわけだ!あの日死んだものだと思っていたよ!あの女のせいで計画がぶち壊されたと思ったが天は私を選んだ!いや必然だ!我は魔族!世界の王になるべき種族なのだからなァ!!」
魔族と名乗った男は依然笑っていた、いや酔いしれていたともいうべきなのだろう。
しまいには嬉し涙のようなものまでで出てきている。
やがて興奮も少し収まったのか落ち着きを取り戻してはいるが先の冷静さに嬉しさが混じっている。
「”タナカラボタモチ”という言葉を聞いたことがあるが正に今の状況だな。まさか一気にことが進むとはこうも気持ちいいこととはな。シゲオ、例の準備はできているな?」
「既に」
「良い、ならば今宵を持って...」
「ちょっと待ちなさい.........!」
話を進める魔族と茂雄に対して鳴は力を振り絞り言葉だけでも遮る。
「あなた...たち.....一体........何........を?」
「確かに貴様は知る権利があるな」
そう魔族は振り返ると淡々と告げた。
「異世界の技術と貴様ら陰陽師の血肉を合わせるのだよ」




