第25話 動き出す雷崎家⑤
夕暮れがいつも通りの静寂を迎える中でリビングでくつろいでいた黒猫は突然ストレッチを始めた。
猫かしからぬ人間じみた動きもしてして全身の調子を確かめる。
「うむ、問題ないな」
倦怠感の原因となっていた霊力の枯渇も今は解消されており寧ろ動きたくてうずうずしている。
これならばあの不届き者どもにも遅れはとらないだろう。
この家も離れる時が来たようだ。
(........とはいえ礼もなしに去るのはな.........)
何も言わずに離れることに後ろめたさを感じる黒猫だったが今もここに留まり続ければいつここの主人に危害が及ぶかも分からないのである。
そうした事情から今はここを離れて少し遠くにあるツテを頼ろうと窓に向いたとき時だった。
ガシャァァァァァァァァァン!!
「!?」
突如として窓ガラスを超スピードの何かが砕いたのだ。
ソレは黒猫さえ貫かんと迫ったのだが黒猫は猫の柔軟性を生かして限界までかがむことで回避した。
「何奴だ!?」
「何奴も何もお前もわかっているでしょ」
吠える黒猫に呆れ気味で答えたのは円盤らしき物体に乗った少年だった。
その周りには形は普通の剣だが禍々しいオーラを纏いその少年の周りを囲むように回っている。
「おぬし、確か『磁々《じじ》』と周りが呼んでいたな」
「そう、改めて名乗るが僕の名前は雷崎磁々《らいざきじじ》。短い付き合いだけどよろしく清羅の本尊様」
「良いのか?自分たちが犯人だとみすみす証明しおって」
自分で自分、いや一族の首を絞める発言に黒猫は挑発と時間稼ぎも兼ねたが磁々は一切気にしなかった。
「別にいいよー。もう君たちは僕らの勝利を止められないのだから」
「勝利?」
「余計なことをしゃべるな磁々」
磁々の発言に疑問な黒猫だったが厳しい男の声がその問答を遮った。
「いいじゃん武」
「”さん”をつけろ。年上への敬語は欠かすな」
磁々の後ろで庭に降り立った斜め傷が顔にあるスーツ姿の壮年な男は黒猫を見るなり社会的なお辞儀をして告げた。
「初めまして猫神様、私はこのクソガキと同じ部隊の術師である雷崎武です。」
「御託はいい、おぬしたちが清羅に与する妖怪に手を出した挙句儂をここまで連れ去ったのはわかっておる。たたですむと思うなよ若造共」
さっきまでの猫らしい雰囲気は消えて辺りを潰さんと放たれる冷たい殺気をその身に纏い臨戦態勢な黒猫に対して一瞬冷や汗をかくこともなく淡々に武は告げた。
「私とて貴方とは正面でやりあうつもりは毛頭ありません。ですがあなたは確実に我々の要求を飲みます。それが一番お互いに利益があるのですから」
「そんなもの一切「そういえば天理到真君は結構手厚くあなたを治したようですね」ッ!?」
徹底抗戦の黒猫だったが到真の名が出たことで戦意が揺らぐ
そのすきにと言わんばかりに武は続いた。
「別件を調査した際に彼の名前が浮上しましてね。半信半疑で調べていたのですがどうやらあなたを治していたのは僥倖ともいうべきですね。おかげで一気に問題が片付いたので。」
「あやつが助けたのは偶然だ!関係ない!」
「だとしても我々としては知ってしまった以上始末するほかありません」
「貴様ら...........!」
「そこで提案です。我々に抵抗せず大人しくついていくのなら我々も彼には手は出しません」
普通なら断固として受け入れるつもりもないが既に到真に刺客が放たれているかもしれない。
無関係の人間を自分たちの都合で死の危機に追いやるのを黒猫は到底受け入れられなかった。
「............連れていけ。ただしその条件は飲んでもらうぞ」
「話のわかるのは人でも妖でも嫌いじゃないですよ」
こうして黒猫は一切暴れることなく降伏した。
黒猫をさっきまで磁々の周りを回っていた4本の剣が囲い紫色の結界と共に黒猫を収容すると帰還する武たちと共にその場を離れた。
だが彼らは知らなかった。
化け物は身近にそして理不尽に存在していることを。