後編
怒り狂って居るのかと思って居たら案外落ち着いたもので、「彼女と話し合いたい」と仰るものですから、お通ししたンですよ。
こりゃ何か起こるぞと、私たちは戦々恐々としてたンです。
「君の過ちを許そう、だから戻って来る・・」
「お断りします!貴方の横暴さにはついていけません!婚約は辞退させていただきます!」
まあ、そうなりますね。過ち犯したのなら・・・あちらからの婚約なので辞退になりますね。
「・・・多少の過ちは許そうと思って居たのだが・・」
「元々貴方は私に不満を持っていらしたのでは?」
お嬢様に対して態度がキツいのは使用人も見て居ますので。御学友の間では有名だったみたいです。
「すべて君のためを思ってやったんだ!恥をかかぬよう礼儀作法や家事も・・」
その為に家庭教師が派遣されて来ましたよね。
「刺繍やお茶を入れるのはまだしも、昼食作りや、上着の仕立て、学業の手伝い、部屋の掃除などは使用人の仕事であって、令嬢の仕事ではありませんよね!」
そんなこともやらせて居たんですか?どおりでしょちゅう台所で何か作って居るなあと思っていましたが。
その割には文句ばかりだと聞いて居おりますが・・・
「・・・君の触れたものが欲しかった・・・いざと言うときの為のものだ!現に君は助かっただろう?」
・・・もしかして、婚約者の方お嬢様に対して本気で懸想なさっている?態度がキツいのも恥ずかしいからとか?なんだかチグハグですね。
「ええ!!お陰様で!ですが最後に助けてくれたのは竜様です!」
ここで、お嬢様の隣で黙って居た竜様に注目が集まりました。
竜様は何も言わずに椅子に片膝を立てて座っております。
こう見て居ると普通の青年に見えます。
顔立ちも平凡、美貌で言うなら婚約者の方の方が優っております。
着て居るものは平民が来て居るようなシャツとズボンなんですが、纏って居る気というんですかそう言うのが只者じゃない感じがするんです。
「この方、竜様は、私に初めて温もりを下さいました。この方に抱きしめら触れられるだけで今までに感じたことのないほどの喜びをくださいます。
周りの人達はアレをやれコレをやれと命じるばかりで・・・私の事は何も考えてくれない!助けてくれない!
竜様は私を番だとおっしゃいました。私は竜様と片時も離れたくない!竜様について行きます!この方以外は何もいらない!私はこの方と一生を共にします!」
・・・お嬢様、お嬢様、いままでお寂しかったのは分かりますが、結論を出すのは早すぎませんか?
婚約者が嫌なら旦那様だって考えたでしょうし、奥様だって相談に乗ってくださると思うんです。
私どもだって愚痴を聞くぐらいなら出来ますよ。学園にお友達とかは居られましたよね?あとは今までやって来たお勉強とか、福祉事業とかのお手伝いとかして居ましたよね。好きなお芝居や本は?ドレスやアクセサリーやお菓子も?
いままでの全てがどうでも良いと?
それを会ったばっかりの竜様に全てを委ねるなんて急ぎすぎじゃないですかね?
なんかモヤモヤするものを感じたんですよ。
「ふ・・・ふざけるな!認められるわけないだろ!」
と婚約者の方が怒鳴ります。
お嬢様の前に竜様が庇うように対塞がり睨みつけます。
「後悔するぞ!!!」
と言い捨てて婚約者の方は帰って行きました。
お嬢様は竜様と一緒にお部屋に篭りました。明日の朝まで出てこないでしょうね。旦那様に報告が行ったみたいで、その晩旦那様が離れにやって来たンですよ。
言い忘れて居ましたが、お嬢様と竜様はお屋敷の離れで過ごしております。まあ旦那様がご家族と一緒にはしたくなかったんでしょうね。
旦那様はお嬢様と直接お話ししたかったそうなんですが、お嬢様がお部屋から出てこず、ドアの前で話かけていらしたようです。一言二言しか聞こえませんでしたが、お嬢様は「何を今更・・・」とか「もう遅い・・・」とおしゃって居ました。
お嬢様はそのまま出て来ませんでした。
次の日の朝、私たちは怒号と馬の嗎で目を覚ましました。お屋敷の真ん前を兵団が並んで
「竜を名乗る不届きものを出せ!」「坊っちゃまの婚約者に付き纏うものを出せ!」と叫んでおりました。
婚約者の方の手のものでしょうね。
竜様が人の姿のまま飛び出して行ったときは、もう血の海になるのかと思って居ましたが、あっという間に囲まれて、縄で縛られ、竜様は捕らえてしまいました。
お嬢様は泣き喚き竜様を離せ!離せ!と大騒ぎ、私たちが止めなかったら兵団に掴み掛かって居たところでしょうね。
竜様はそのまま引き摺られて連れて行かれました。
お嬢様は気を失い倒れ寝込んでしまいました。
私たちは正直ほっとしました。
あのまま竜様がお嬢様のそばに居たら何人の犠牲者が出て居たことか。
お嬢様もあのまま離れにいつまでも閉じこもって居るわけにはいけませんし、いつまでも食っちゃ寝生活なんてされたら、予算も時間もいつも持ちませんし、学業も追いつかないだろうし、竜様に何をされるか分からないし。
これでお嬢様も一時の恋から目覚ますだろうと思って居たんですよ。
でもこの時疑問に思うべきでした。なぜ竜様が人の姿のまま捕らえられたのかと。
その夜、空が真っ赤に燃えたんですよ。
ちょうど竜様が連れて行かれた方角から、轟々と
知って居るように生き残りはほとんど居なかったようですね。
婚約者の方の屋敷も周囲の街も畑も牧場も森も燃えたそうですね。
その真っ赤な血のような空の中を竜様が飛んで来たんですよ。初めて見た時よりも大きな姿で、お屋敷の真ん前に降りて来てじっと待って居たんです。
お嬢様は何か覚悟を決めたように竜様の元に行きました。
そして竜様の差し出す手に乗って飛び立って行ったんです。
竜様とお嬢様はそのまま遠くへ行ってしまいました。
これが私が知る全てです。
もうお嬢様は戻ってくることは無いと思います。