新月のWOLFDOLL
暗い。怖い。痛い。寒い。なんで僕がこんな目にあっているんだろうか。お母さんはどこ?なんで殴られるの。僕が、”普通”じゃないから?僕が普通だったら母さんに会えた?殴られない?それならこんな耳も尾もいらないよ。ねぇ、なんで僕なの。月の神なんて、いらない。月なんていらない。奇跡なんて起きない。僕はただ、ただ、、、母さんと____。
その夜も、僕は一人で暗い部屋に閉じ込められていた。体も引きずるように、重く感じる。 僕は普通じゃない。普通だったら、こんな目に遭わないはずだ。 僕が普通だったら、きっと母さんも。そんな願いも虚しく、真っ暗な空に空気となって消えるだけ。この村に生まれたのも、巫として生まれたのも、人々は喜びだという。こんなちっぽけな村で信仰される月の神なんて、この世になんかいない。いたら、母さんはこんな目に合うことはなかった。僕は生まれるべきじゃなかった。普通がほしかった。月を信じることなんて、意味がない。奇跡なんて起きないんだ。誰かが言ってた。幸せなんて、誰にも訪れないって。痛くても我慢しなければならない。それが巫の務めだから。 ただ、ひたすら冷たくて、空虚な世界でただ虚しく絶望は消えないだけだった。暗いろうのような部屋の中、耳を澄ますと、外から、叫び声が聞こえる。依頼人だろうか。段々と騒がしくなる襖の向こう側。務めの時間だ。痛みを感じないように心を空っぽにする。血で赤黒く染まったボロボロの耳は否が応でも怒声をはっきりと僕に届ける。依頼内容は、月神の救済だった。巫なんて言うけれど、実際はただの子供、いや、ただの子供とは言わないか。僕は狼の血をひいた獣人だ。この耳と尾は爺さん以来の狼の血族の現れだった。爺さんがまだ生きていた頃、僕がどんな扱いを受けることになるのかを知っていた爺さんが僕を逃がすように手を回した。けれども、そんな策戦がうまくいくはずはなく、母さんも爺さんもひどい罰を受けた。爺さんは、最後まで抵抗し、死ぬ直前まで僕の名前を呼び続けていたそうだ。爺さんが死んで、抵抗するすべも気力も失った母さんはうわ言のように「すみません。。。。すみません。。」と泣き出すようになった。こんな村もこんな耳も尾も全部僕のせいだということを知った。だからもう、僕は逃げちゃいけない。巫にならなくちゃいけない。不幸なのは僕だけでいいから。聞きたくない願いも叶える。巫のこの身を以て。
「お願いです。あいつを殺してください。娘の、哀歌の敵なんです。どうか、どうか、月神様。」
大量の涙を流しながら一人の村人が巫に願う。巫は満面の笑みを浮かべた。
「その願い、しかと聞き届けたり。願う人の子よ、哀歌の魂が救われんことを。」
巫がそう口にすると、刹那の風とともに、巫が消えた。
っはぁ、っはぁ、
走る、走る、刹那の間に終わらせないと、殴られる、神の能力じゃなくなる。速く、速く。口の中は血の味で満たされる。敵、そいつを殺す。
ーーーいた。
見つけた瞬間、狼の力を最大限に開放する。唸り声を立て、体中を這い上がってくる理性と恐怖を押し殺す。そのまま牙をつきたて、肺、心臓を中心に噛みちぎる。
「っぐはぁ、、、、月神、、様、、、? くそがぁあああああ」
醜い怒声を響かせながら人だったものはただの肉の塊へと変わった。
狼の力を開放したまま、社へ帰る。今日は、失敗はしていない。この調子で戻れば、、3分もかかってない. だから、だいじょうぶ、、、、音を立てないように、部屋へ戻る。息を整え、声を上げる。
「願い、叶えたり。娘が浮かばれんことを。」
「あぁ、月神様、、、月神様ぁ、、、、、」
涙混じりの声で人殺しを願ったこいつは大いに喜んだ。人とはなぜこんなにも屑なのだろうか。
「月神様に、祈りをあげよ。我らが神に、感謝を」
表向きは神を敬う誠実な教徒に見えるのだろう。だが、人がいなくなると凶変する。
「遅いんだよ、この役立たずが。閃光?馬鹿な信徒ばっかりでいいなぁ、だがな、その力が偽物だとバレないようにするには、まだ足りない。しつけがいるな?おい、」
教徒はそう言って、教徒に近しい信徒に指示を出した。この指示は、地獄の始まりの合図だ。これから、僕は、偽物だという責任を体をもって償う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、お許しください、どうか、どうか、」
手錠をかけられた手で必死に許しを請う。思わず涙がこぼれる。先が尖ったナイフ、たくさんの凶器の数々で僕の体は赤く染まっていく。もう、死にたい。
「泣いてんじゃねぇぞ?なぁ?偽物。役立たずなまま死んだ馬鹿な母親の代わりなんだ。もっと役に立て、もっと金をむしりとれ、もっと、もっと、、」
「もう、限界だ。。。母さんに、会いたい。母さんを悪く言うな。屑が」
そう思った瞬間、涙すら蒸発するほどの炎が燃え上がった。
「な、なにを、歯向かう気か?親子ともども、、、っぐぁ、」
自分で意識する前に、教徒たちを僕は突き刺していた。
依頼で人を殺すより、何倍も何千倍も、恐ろしいほど清々しい快感に襲われた。
「っく、あ、ははははっははは、ぁあ”あ”あ”、、、、、」
夜の暗い空に、おぞましいほどの笑い声と狂気が、どこまでも遠く、響いていた。
肉の塊と成り果てた人間だったものに向かって、憎しみの塊は愛を求め呟く。
「 」