終焉のRAINDOLL
君と初めて会ったのは、雨が降る肌寒い春の日だった。
僕は傘を持たずに歩いていて、冷たい雨が肩や髪をじわじわと濡らしていく中でふと気づくと、隣にひとりの少女が立っていた。透き通るような白い肌に長い髪、そして何よりも彼女は小さな透明な傘を持っていて、僕のことを見上げて微笑んでいた。
「濡れてしまうよ」
彼女は優しい声で言いながら、僕に傘の半分を差し出してくれた。その瞬間、冷たい雨の中で不思議な暖かさを感じ、僕はなぜか彼女から目を逸らすことができなかった。
それから僕らは雨が降るたびに会い、少しずつ言葉を交わすようになっていった。彼女は「雫」という名前で、僕と同じくこの町に引っ越してきたばかりだった。雨が好きだと言って、雨の日にはいつも僕のところへやってくる。彼女が差し出してくれる小さな傘の中で、僕はいつも彼女と二人きりの世界に浸っていた。
やがて、雨の日が待ち遠しくなった。彼女の傘の下で、僕は確かに幸せだった。でも、晴れた日には、彼女は現れない。そしてどれだけ彼女のことを聞こうとしても、雫はいつも「また雨の日にね」と微笑むばかりで、彼女について何も教えてくれなかった。
梅雨の季節が訪れた頃、僕はついに、彼女に思いを伝えることを決心した。
「僕は、君が好きだよ。雨の日だけじゃなくて、いつでも会いたい」
彼女は少し驚いたように僕を見つめ、悲しそうに微笑んだ。
「ありがとう、私もあなたが好きよ。でもね…ごめんなさい。私には、どうしても晴れの日には会えない理由があるの」
彼女の言葉に胸が苦しくなった。それでも僕は、彼女の理由を知りたくて、もっと彼女のそばにいたいと願った。
数日後、また雨が降る日が来た。僕は彼女といつもの場所で会い、初めてのデートに誘った。雫は少し戸惑いながらも承諾し、僕らはそのまま近くの小さなカフェに入った。雨の音を聞きながら二人で話す時間は、まるで夢のようだった。彼女が笑うたび、僕の心は暖かさで満たされていった。
しかし、その帰り道で突然の事故が起こった。僕らは雨で濡れた道路を渡っている途中、滑り込むように曲がってきた車に襲われ、二人とも倒れ込んだ。
目を開けると、僕の体は痛みでいっぱいだった。でも、何よりも目の前に倒れた雫の姿が僕の心を締めつけた。彼女は血を流しながらも、かすかに微笑みを浮かべていた。
「ごめんね、あなたにこんな姿を見せるつもりじゃなかったの…」
彼女はそう言って、震える手で僕の顔を撫でた。その指先がまるで冷たい結晶のように、儚く、消え入りそうだった。
「雫…どうして…?」
僕の声に、彼女はふと哀しげな瞳を向けた。
「私ね、雨の中でしか存在できないの。あなたのことが好きだけど…私の時間は、もうすぐ終わるの」
彼女の言葉が信じられなかった。でも、彼女の体が薄れていくのが見える。指先が、髪が、まるで氷が溶けるように消えていくのを僕はただ見つめることしかできなかった。
「ねぇ、もう一度、会える…よね?」
雫は静かに首を振り、微笑んだ。「私は雨の結晶だから、雨が降るたびに姿を変え、そして消えてしまうの。あなたと過ごせたこと、ほんとに嬉しかった。でも、もうすぐ、私の時間は終わりを迎えるの」
そう言うと、彼女はふわりと儚く崩れていき、僕の手の中に小さな結晶の欠片だけを残して消えてしまった。その瞬間、冷たい雨が僕の肌に降り注ぎ、雫の存在がまるで夢だったかのように消えていった。
僕はただ、消えた彼女の欠片を胸に抱きしめながら、冷たい雨の中で立ち尽くしていた。
それから何度も雨の日を待ちわび、彼女の欠片を握りしめながら雨の中を歩いた。でも、彼女が戻ることはなかった。あの儚い結晶のような笑顔も、傘の中で交わした言葉も、すべてが過ぎ去った夢のようだった。
雨が降るたびに、僕はひとり、彼女との思い出の中に沈んでいく。彼女がこの世界に存在した証として残るのは、僕の胸にしまった結晶の欠片だけ。けれど、その小さな欠片さえも、僕の心を冷たく締めつけるようだった。
今もなお、雨が降るたびに、僕は彼女のことを想う。もう二度と触れられない、その儚く消えた恋に囚われたまま。
苦しさのまま、泣きじゃくるように叫んだ僕の言葉は雨の音に消える。
「 」