恵みのLEAFDOLL
緑がいっぱいの森にただ一人。何者にも縛られず、当たり前が得られない日々。いつもの薬草が生えた場所に君がいた。妖精のような君と探し回る森は一人のときより、何倍も、何十倍も楽しかったんだ。二つ葉が番う首飾りを証に僕らには何も知らなかったあの頃の僕らに怖いものなんてないと思っていた。でも、違ったんだ。
僕が転生して、はや1年が経った。最初はそれなりに、異世界〜!ってenjoyしまくったよ?ただね?ゲームとか漫画とかとは違って、スキルが上がるのに時間もかかれば、魔物やら異世界人なんて3日で見慣れてしまうのが現実だった。異世界というのは転生者もそれなりに多いらしく、僕が来たところで誰も驚かなかった。なんなら、ギルドに入りたいといえば案内までしてくれるほどだ。神になにかスキルを与えられるでもなく、謎に言葉が通じてしまうこの世界でも、僕はただの平凡暇人オタクだった。ギルドに呼ばれて魔物を退治に行くなんてthe普通な僕が出る幕もないため呼ばれることなんてほとんどない。呼ばれなければそれなりにお金もなくなっていくわけで、前世と同じくパートの掛け持ちをしている。こんな日常になって一つ問いたい。異世界とは。んまぁ、現実は甘くないというのは解った。
日頃異世界堪能するでもなくパート先と家の行き来を繰り返していた僕のもとにギルドから滅多にない呼び出しがされた。仕事内容は、、、薬草ですか。通りで僕なわけだ。まぁパートを休んだ分を稼ぐため、断ることはしない。
「いつも助かっています。今日はこの薬草をお願いしますね。場所はここです。」
薬草採集なんて地味な仕事が、今の僕にはぴったりだった。ギルドの受付嬢も慣れた様子で薬草が生えている場所を示す地図を渡してくれる。行き先は、いつも僕が採取に向かう森の一角で、少し奥まった場所だった。
いつものように森の小道を進んでいくと、ふと見慣れない薬草が茂っているのが目に入った。淡い光を帯びたその草を手に取ろうとしゃがみ込むと、どこかで聞いたことがあるような声が耳元で囁くように響いた。
「見つけてくれたんだね。」
その声の主は、薬草のように儚くも美しい彼女だった。彼女と初めて会ったのは、この森で薬草を採集しているとき。僕が異世界でただの平凡な暮らしを送っていたとき、彼女は突然現れ、あどけない笑顔で「お手伝いするよ」と言ってくれたのだ。それから、森で彼女に会うたびに、僕はひとりのときとは比べものにならない楽しさを感じるようになっていった。まるで妖精のような彼女の姿に、いつの間にか心を奪われていた。
だけど、それから一度も会えないまま数ヶ月が過ぎ、僕は彼女が幻想だったのではないかとさえ思い始めていた。だが、今日、彼女は再び僕の目の前に現れた。思わず胸が高鳴り、会えなかった寂しさを忘れさせるかのように、僕は彼女と再び森の奥へと進んでいった。
薬草を探しながら、僕らは何気ない話を続けた。彼女は笑いながら、僕が転生したことやこの異世界での日々の不満をすべて知っているかのように、「でも、あなたにはここが似合ってる」と言ってくれた。そんな彼女の優しい声が、僕の心を不安と喜びで満たしていった。
僕はいつの間にか、彼女に対する想いが大きくなっていた。彼女に好きだと言いたかった。ただの転生者の僕にとって、この異世界で唯一の存在が彼女だったのだ。
しかし、日が傾き始め、彼女が突然、僕をじっと見つめて言った。
「もう、ここで会うことはできないんだ。」
その言葉に、心臓が掴まれるような衝撃が走った。信じられない思いで、僕は彼女に問いかけた。
「どうして?またこうして会えたじゃないか。これからも、一緒に薬草を採集したり、森を歩いたりできるだろう?」
彼女は寂しそうに微笑み、首飾りを指先で触れながら言った。
「ごめんね。私は…、もうこの森を離れないといけないの。」
僕は彼女に何度も引き止める言葉を投げかけた。だけど、彼女はただ小さく首を振るだけで、何も答えてくれなかった。
「もう、二度と会えないの?」僕の声が震えた。
彼女は僕の手にそっと、二つ葉の番う首飾りを渡し、静かにうなずいた。「これは、私たちの思い出にしてね」
僕は必死でその手を離さないように掴んだ。でも、彼女の手は次第に消えていくように、冷たくなっていった。
「さよなら、もう一度会えて、嬉しかった」
彼女が最後に残したその言葉が、静寂の中に溶けて消えた。首飾りだけが僕の手の中に残り、僕はただ茫然とその場に立ち尽くした。森の緑が鮮やかに広がっているはずなのに、何も見えない。ただ冷たく重い感情が胸の中で膨らんでいった。
彼女の存在が、僕の唯一の「夢」だった。それが突然奪われ、僕は再びただの平凡な異世界の暮らしに戻されてしまったのだ。この世界に転生して1年が経って、やっと見つけた心の拠り所が消え去った今、僕には何も残されていない。
それからも、僕は森に通い続けた。彼女が現れることはなく、あの日の美しい記憶だけが胸に残っている。どれだけ時が経とうと、森に足を運んでも、彼女の笑顔が忘れられない。彼女がいた日々が幻のように、ただ虚しく胸を締め付け続けた。
そして、僕は気づいたんだ。たった一人の存在に囚われ続け、僕はもう自分の人生を歩めなくなっていることを。彼女のいないこの世界は、僕にとって意味を失っていた。
もう一度君にあいたい。そんな虚空の思いを吐き出すように呟いた。
「 」




